フロンターレ物語を通じて創造性とは何たるかを教えてくれるビジネス書。

フロンターレの選手が登場する算数ドリルの配布、月間MVPの選手にDoleのバナナを進呈する「バロンDole」、スタジアム内に本物の動物を連れてくるフロンターレ牧場やフロンターレ動物園、相撲部屋の春日山部屋と協力して提供する塩ちゃんことイッツァ・スモウ・ワールド。全て川崎フロンターレとして公式に提供している企画である。しかもこれはほんの一部。仕掛け人は著者の天野春果氏である。

天野氏が考えるクラブに必要な車輪は2つ。前輪はチーム強化。後輪はクラブ事業。氏が手がけるのは後者である。チーム強化は間違いなく必要なもの。勝つことで話題になり注目度が高まる。しかし、常に勝ち続けることはできない。実際に川崎フロンターレはJ2に降格したことがあり、J2ではJ1に比べてメディアの注目度が極端に低いことも経験済みである。

そんな浮き沈みが前提となる業界であるからこそ、クラブ事業としてホームタウン活動や事業活動に積極的に参加して後輪を大きくし、安定した推進力を生み出すことを重視している。

本書を読んで感じたことは、天野氏の活動は企業こそ参考にすべき創造性の固まりであるということである。

創造性とは何か。この研究は現在も結論が出ていないが、一つの解として支持を得ているのが「論理性+推進力」であるという考え方だ。スティーブ・ジョブズも言うように、創造とはゼロから何かを生み出すことではなく、既存の何かを組み合わせて新しく見える仕組みや物事を考えだすことである。そして事業として軌道に乗せるためには思いつくだけではダメで、周囲の関係者や行政を巻き込んで前に進める推進力が必要となる。天野氏はこの両方を体現している稀有な存在であると言える。

企画を思いつくために天野氏は様々なところからヒントを得ている。例えば、タイトルにもなっている算数ドリルは2008年にアーセナルを訪れたときにセスク・ファブレガスがスペイン語の教科書に載っていることを発見したことがきっかけである。天野氏自身も次のように語っている。

僕は常に何かをくっつけたり、結びつけて企画を考えるクセがついてしまっている。テレビ、新聞、通勤途中の風景でもクラブのプロモーションに結びつくんじゃないかと思いながら見ている。
だから、何を見ても脳がグルグル回転を始め、休まる暇がない。(P.14-15から引用)

そして実際に推進するための行動力はさらにすごいの一言。相手が行政だろうが相撲部屋だろうがとにかくひるまない。巻き込んで、主体的に参加するように仕向ける。口で言うのは簡単だが、思いつくよりも行動の方が何倍も難易度が高い。もちろん天野氏も推進力については自身の武器とも感じているようで、次のような記述もある。

アイデアはどんな人でも思い浮かぶものである。ただ、それを企画として立ち上げて実行に移すのは簡単ではない。たとえば、フロンターレの算数ドリル。プレミアリーグのアーセナルFCの選手が登場するスペイン語教材を見たのは僕だけではない。欧州視察に一緒に参加した他のJリーグクラブのスタッフはもちろん、インターネットで目にした人もいたはずだ。
しかし、それを参考に日本で教材を配布したクラブはない。(P.154から引用)

フロンターレはホーム開催の試合開始前に自由席の「席つめ」を実施している数少ないクラブでもある。僕はサポーター論云々よりも1席の席つめの方がよほど大事だと思っているが、実際には個人の力やサポーターの協力で実現することは難しい。そこでフロンターレはクラブとして「席つめ隊」を結成し、雰囲気を壊さないように席つめを実施してくれている。本書を読めば、席つめという企画一つとっても天野氏が大切にしているクラブ事業あればこそということが伝わってくる。

121126-p10-04.jpg本書は2011年6月発行で、タイミング的にフロンターレの「お風呂」企画は「いっしょにおフロんた~れ」でサポーターといっしょに銭湯に入るところまでしか紹介されていない。その後にテルマエ・ロマエとコラボしたり、その一環で出演者の宍戸開氏がサッカー始球式を務めるというイベントも実施された。僕はこの始球式が行われた2012年5月3日の川崎フロンターレ対ジュビロ磐田を現地観戦していたが、宍戸開氏が「わたくし、中学・高校と南武線を利用しておりました!」とあいさつすると会場が拍手喝采。仕掛けが大成功した瞬間に立ち会えて身震いした。

さらに2012年末にはNHK Eテレの「みいつけた!」のオフロスキーという若干シュールなコーナーとコラボし、中村憲剛がオフロンスキーとして登場するという大サービス企画も提供している。このことに関しては中村憲剛自身も著書の『幸せな挑戦 今日の一歩、明日の「世界」』において次のように語っている。

グラウンドで試合を応援するだけの関係でいるのと、イベントなどで直接、話をしたりゲームをしたりするのとでは、親近感や思い入れなどの面で大きな違いが出てくるのは当然だ。
そういう部分に力を入れているフロンターレというチームにいられることが、僕は嬉しい。サポーターと交流できるイベントがあればどんどん出たいし、そういう機会をつくってもらえることにも感謝している。(P.193から引用)

もちろん、チームが勝つことが第一であるという考えもあるし、クラブは事業よりも強化に努めてほしいという考えもある。僕個人は、本書を読んで純粋に川崎フロンターレというクラブが好きになったし、川崎市民がうらやましくなった。こうして川崎という街のプロモーションにもつながっていくことが街クラブとしての存在意義であろうから、天野氏の仕掛けはすでに成功していると十分言えるものである。そして、これからもあっと言わせるような企画を楽しみにしている。

※本書の著者印税は、スポーツを通じた被災地支援活動のため、全額寄付されている

(2013年3月19日追記)
川崎フロンターレ/中村憲剛は全国銭湯文化功労賞を受賞。おめでとうございます。



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