ヴェンゲルがアーセナルにもたらしたコード(法典)の真髄に迫る。

ヴェンゲル体制18年目で臨んだ2013-14シーズンでは目下好調のアーセナル。14シーズン連続でUCLベスト16入りも果たすなど一定の勝負強さを披露する一方で、無冠は8シーズン連続にまで及んでいる。

その間、チェルシーやマンチェスター・シティなどいわゆる「金満クラブ」がタイトルを獲得している。この事実は、商業とクラブの成績が正比例の関係にあることを我々に改めて突きつけている。

これらのクラブに対し、アーセナルはどのような哲学で立ち向かっていくのか。

本書の原題にあるタイトルキャッチは"Will it survive the age of the oligarch?"である。oligarchとは寡頭制のことであり、チェルシーやマンチェスター・シティなどの金満オーナーを指している。

これらの金満クラブへのアンチテーゼとしてのヴェンゲルの哲学「ヴェンゲル・コード」について堪能できるのが本書である。

ひとつ、断っておかなければならないのは、本書は生粋のアーセナルファンであるジャーナリストによって書かれているということ。真実に基づいて書いたと著者は言うが、アーセナル贔屓の感は否めない。アーセナルファン、あるいはヴェンゲルファンのための一冊といった位置づけで捉えるのが好ましい(僕もアーセナルのファンです)。

ヴェンゲルの能力とは何か

一言でいえば「カネを遣う能力と価値を引き出す才能」(P.192から引用)に尽きる。

多くのクラブの経営陣はフィナンシャルフェアプレーをにらみ、人件費に多くの費用を割くことができないのが現状である。そんな中で経営陣が監督に求めることは、

  • 少ない予算であっても魅力的なフットボールを展開してスタジアムを満員にできる
  • 少ない予算であっても結果を出してCLに出場することで放映権料を稼ぎ出せる
  • 少ない予算で買った選手を成長させて高く売ることができる

といった無茶な要求である。そんな監督は普通はいないと考えるのが妥当な気がする。

しかし、これに応えられるのがヴェンゲルという稀有な監督なのである。

アーセナルの理事会はエミレイツ建設費用の重荷をずっしりと背負っている(ハイバリーの土地はマンション再開発用に売却された)。だからこそまた、監督を代えることもまず考えられない。この事態にとても対処しきれないだろう。その点、ヴェンゲルは単に買い物を安く抑えることができるだけではなく、天性のタレント発掘養成能力を駆使して、売買取引で利益を得る熟練の達人なのだ。あらゆる観点から、それはヴェンゲル・コードの最も顕著な要素である。(P.142から引用)

実際に売買で利益を得た例をアネルカやプティ、ディアラ、ナスリなどを引き合いに出して示している。なんとバルセロナがアーセナルに支払ってきた総額は1億ポンドを超えるとのこと。

しかしやはりファンはタイトルが欲しいというもの。いくら金満と批判されようと、タイトルを取ればその分の見返りはある。アーセナルの哲学は理解したが、かといってタイトル獲得に死に物狂いで挑戦しなくて良いのか。

これに関しては、アーセナル贔屓の著者からおもしろい(他クラブのファンからは総スカンをくらいそうな)指摘がある。

実はアーセナルは優勝していた!?

アーセナルファンであれば決して忘れることのできない、2010-11シーズンの対ニューカッスル戦で、前半で4-0とリードしながら4-4に追いつかれた試合。

この試合は著者に言わせれば、PKを含むいくつかの大きなレフェリーのミスがあったという。そしてこの試合を筆頭に、アーセナルは実に多くの「判定間違い」の憂き目にあっている、と。

フリージャーナリストのロング氏による分析では、2010-11シーズンのプレミアシップ全試合におけるレフェリーのおかしな判定は、713件。そしてこれらのエラーが根こそぎなかったとしたら、上位4チームについて以下のポイント修正が行われたとのこと。

マンチェスター・ユナイテッド -9
アーセナル +3
チェルシー -5
マンチェスター・シティ -7
(P.62から引用)

ああ、かわいそうなアーセナル(色眼鏡つき)。


また、故障の多さ。アーセナルは最先端の科学的なフィジカルな施設を有しているのにもかかわらず、故障が多い。

例えば、アーセナルが被ってきた故障者の数を物語る図表やカルテの類を他のビッグクラブと比べてみたとき、"柔組織(骨以外の組織)リーグ"では平均値を示している。ところが、こと骨折に限定すると、残念ながらアーセナルはリーグ首位に躍り出てしまう。昨シーズン(筆者注:2011-12シーズン)、平均で一回か二回のところを、アーセナルときたら七回も骨折を経験しているのだから。(P.246から引用)
2011年に発行されたUEFAの調査報告書には、ヨーロッパ・トップ50チームの故障データがアップされている。それによると、それぞれのファーストチーム・メンバーの一人ひとりについて、一シーズン中に二度、何等かの故障を負ったという。言い換えれば、二十五名のチームは平均で50回、災禍を被る計算になる。2002年から2011年の間、アーセナルの平均はシーズン当たり66.2回だった。(P.251-252から引用)

ここでもかわいそうなアーセナル。しかしこれはエデュアルドの件などひどいケースを除けば他責ではないので、だからアーセナルは不利だということにはならない。


最後にPKの数。アーセナルは、PKをもらった数が少ないという。

ガナーズはこのシーズン(筆者注:2011-12シーズン)、一度としてホームでペナルティーを与えられたことがなかった。現に、終わってみれば"ペナルティー・リーグ"全体で最下位近くにランクされていた。つまり、3回のみ。アーセナルより少なかったのは、それぞれ3回のサンダランド、ノリッチ・シティー、QPRだけだった。
レフェリーに最も頻繁にスポットを指さしてもらえたチームはどこか。当てても賞金はもらえない(答えは簡単だ)。マンチェスター・ユナイテッド!11回!(P.300から引用)

映像を見ていないのでなんとも言えないが、まあ確かに少ないといえばその通りか。上述のレフェリーの判定や怪我に比べてPKは直接的に勝敗に影響するだろうから、ファンからすれば何か言いたくなるのも理解できる。特に、マンチェスター・ユナイテッドの多さは・・。ファーガソンがいなくなって少しは平均的になるかもしれない、と言ったら言い過ぎ!?


と、よくもまあこれだけ調べてきたものだと感心する。他のクラブの視点で調べればまた違ったデータも出てきそうだが・・。

それこそがアーセナルの愛らしさでもある

しかし、こういった憂き目にあう悲劇のヒーローであり、金を使い放題のクラブに健気に立ち向かっていく姿こそが愛らしさの要因なのかもしれない。アーセナルやヴェンゲルにシンパを感じている人は、皆「収支を超えた範囲で金を使いまくってタイトルを手に入れるよりも、身の丈にあった経営の中でどれだけ戦えるか」ということにコミットしている人たちである。

さて、そして2013-14。優良経営で余ったマネーを使用して約65億円という大枚をはたいてエジルを獲得。この記事を書いている2014年2月上旬時点では好調をキープしているが、ファン待望のタイトル獲得はなるか。個人的には、非常に期待しているのだけど。

PB250022.JPGのサムネイル画像
2003年11月25日サンシーロにて筆者撮影(CLグループステージ インテル1-5アーセナル)



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