純粋な心をもった悪童イブラヒモビッチのメモワール。

のっぴきならない言動で世間の注目を集めるイブラヒモビッチ。最近でこそ話題をバロテッリに持っていかれているが、実績や実力含めまだまだイブラヒモビッチの方が1枚も2枚も上である。所属したクラブではほとんど優勝し、セリエAで2回、リーグ・アンで1回得点王に輝いている。

そんなイブラヒモビッチが、素の自分について、そしてこれまでの経歴について表も裏も包み隠さず語り尽くしたのが本書である。300ページ超の大作であるが、文体も「悪童的口語」で書かれており、非常に読みやすく読後感も良い。

惹き込まれるイブラヒモビッチ節

本書はいきなりグアルディオラとの確執の場面から始まる。読者にとってもっとも興味が惹かれるシーンである。

イブラヒモビッチはリーガでも16得点と悪くない成績だったが、世間的には「バルサにイブラヒモビッチは合わない」という評価に落ち着いている。それは、あまりにバルサというチームが高尚であるがゆえにバルサが正であり、バルサにあわなかった選手の方が悪であるという構図にも見える。勝者こそ正義、それも一理あるだろう。

しかし本書を読めばイブラヒモビッチの言い分も痛いほど伝わってくる。

あいつ(筆者注:グアルディオラのこと)は、強烈な個性をもつ選手を指導できないのだろう。品行方正な小学生だけを相手にしたいんだ。そんな自分自身の問題から、あいつは逃げてやがる。その事実から目をそらしている。それでひどいことになっちまったんだ。(P.18から引用)

前後も読めば、なるほどイブラヒモビッチの肩を持ちたくなる気もしてくる。グアルディオラ側の意見を聞かずに片方だけの言い分で判断するのはよくないけれど。

それは本書全体を通じても言えることで、どうにも憎めないイブラヒモビッチの素の部分がよく表現されている。反体制主義者の先鋒のような存在で、「聞くが、聞かない」、つまりは「意見は聞くが、俺流も貫き通す」というイブラヒモビッチの正義にぐいぐい惹き込まれていく。

グアルディオラの話題以降は、生い立ちからミラン時代まで、時系列に描かれていく構成となっている。移籍の裏事情も赤裸々に綴られており、ジャーナリストが描く移籍のノンフィクションよりもずっとリアルである。

誰を信用して、誰を信用していないのか

現役としてまだ活躍している選手とは思えないほどに、誰を信用して誰を信用していないのか、はっきりと書かれている点も驚きである。

まず、もっとも信用していないのが、グアルディオラとマルメFF(スウェーデンでイブラヒモビッチが初めてプロ契約したクラブ)のスポーツディレクターのハッセ・ボリである。まだ接する機会があるかもしれないのに、まさに怖いもの知らず。この2人には辛辣な言葉を浴びせかけている。グアルディオラとのやりとりに関しては「この玉なし野郎!」など、翻訳者グッジョブと言わざるを得ない表現も見受けられる。また、本書内では名前を明記していないが、リュングベリのことも相当嫌っているようだ。

そして信用しているのがカペッロとモウリーニョだ。どんな難問に対しても自分なりの哲学で正面から対処していくタイプが好みのようである。他にも選手としては、同じスウェーデン代表として活躍したラーション、それからブラジル代表のロナウドには心酔していることが分かる。

筆者の常識では理解不能なイブラヒモビッチのプレー

見ていてすごいプレイヤーは山ほどいる。メッシのドリブル、クリスティアーノ・ロナウドのスピードやブレ球のフリーキック、ファン・ペルシーのトラップやミートの旨さ。しかし、イブラヒモビッチのすごさは筆者の常識からは逸脱しすぎていて、理解不能である。

もっともすごいと感じたのが、ユーロ2008のギリシア戦のミドルシュート。あの角度の助走、あの角度の脚の振り方であの軌道とスピードのシュートってありえるんですかね、人間として。2分14秒あたりから。

明らかな悪業を働いているにも関わらず、言動、プレー、すべてが何か惹きつけるものを持っている。不思議な魅力の漢である。

本書でイブラヒモビッチが伝えたかったこと

少年期などの部分を読めば分かるが、言動が決して褒められるようなものではなかったり生まれ育った地域の関係で、差別を受けたりもしたようだ。イブラヒモビッチ自身は不屈のメンタリティと実力で周囲を黙らせることに成功したが、同じような目に少年少女があわないように、そして周囲の大人もいぶかしげな目で差別しないように、メッセージを送っている。少々長いが、そのメッセージを引用して終わりにしたい。

俺は自分の人生をゆっくり振り返ってみた。そして気がついたよ。俺は決して、"最高に立派な男"ってわけじゃなかった。ひでえヤツだな。俺の言動がいつも正しいわけではまるでなかった。責任はすべて俺にある。他人のせいではない。

だが、世の中には、俺のような人間もたくさんいるだろう。他人とはちょっと変わった性格の人たちだ。そのせいで、周囲から厳しく責め立てられている少年、少女が、大勢いると思うんだ。規律が大事だということは俺もわかっている。だが、規律ばかりを押し付けるやり方は気に入らない。「こうすべきだ」と自分の主義ばかり押し付け、別の道を封じてしまうやり方は間違っている。それではあまりに心が狭すぎる。愚かなやり方だ。俺は、自分の弱点を改善する努力もしないまま、そのやり方で押し通そうとする人間たちが許せなかった。

世の中には何千もの道がある。中には曲がりくねった道や、通り抜けにくい道もあるだろう。しかし、そんな道が、最高の道であることもある。"普通"とは違う人間をつぶそうとする行為を俺は憎む。もし俺が"変わった人間"じゃなかったら、今の俺はここにいないだろう。もちろん、俺みたいなやり方はお勧めしないぜ。ズラタンのマネをしろとは言ってない。ただ、「我が道を進め」と俺は言いたい。それがどんな道であってもだ。少し変わった子どもだからといって、署名運動で排除するなんてことはあってはならない。(P.382-383から引用)



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