本書は清水エスパルスで監督を経験したゼムノビッチ氏による日本サッカーの育成に対する提言書である。いわゆる戦術やピッチ上で起こるプレーについて解説する類の本ではない。

ゼムノビッチ氏のロジックは明確である。

  1. 守備を固める戦術を貫き通せばワールドカップでベスト16に入ることはできる。それは、2012南アフリカW杯における日本や、過去のW杯におけるパラグアイが示してきたことである。
  2. その一歩先、ベスト8に入るためにはよほど運がよいケースを除けばブラジル、オランダ、スペイン、ドイツなどの強豪を倒さなければならない(2012南アフリカW杯でパラグアイがベスト8入りしたのは相手が日本であったというラッキーが存在する)。
  3. 一歩先に進むために必要なことは得点力の向上、特に、プレーメーカーとストライカーの育成である。すなわち、育成を整えなければ、明るい未来はない。

ただし、本書に書かれている内容はあくまで「(強豪である)ユーゴスラビアではこのような育成が行われている」という事例の紹介である。本書の16ページにもいわば「前置き」といった形で以下のように書かれている。

この本では、ヨーロッパと日本の違いについて掘り下げていきたい。それはどちらがいい、優れているということばかりでなく、単純な"違い"でもある。ヨーロッパにはない、日本のいいところもたくさんある。ただし、これから日本がさらに上を目指し、W杯でベスト8以上を目指していくのなら、ヨーロッパで当たり前なのに日本ではそうでないという部分に注意を払うべきだろう。

本書の内容はストライカーやプレーメーカーの育成、コーチの心得、Jリーグへの提言など多岐に渡っており、例えば以下のような内容についてゼムノビッチ氏の経験談が語られている。

  • 紅白戦の途中で何対何なのか分からずにプレーしている選手がいることの弊害
  • 旧ユーゴスラビアでは試合中に声を出してボールを呼んだFWは即交代
  • 日本の育成年代の根本的な問題は公式戦が少なすぎること
  • 1歳単位のリーグ戦を導入することはヨーロッパではどこでもやっている

確かに科学的という内容ではない。そういう意味で、本書はケーススタディである。旧ユーゴスラビアの事例を知り、それを知った上で読者である我々が日本のサッカーについてどのように考えるのかまで思いを巡らせなければ、本書は単純な「元Jリーグ監督のヨーロッパ自慢」に成り下がってしまう。

幸い、日本にはストイコビッチやオシムという旧ユーゴスラビア出身の達人がプレイヤーや監督として仕事をしてくれている。おかげで、旧ユーゴスラビアに対するイメージは一歩進んだ「サッカー先進国」である。その旧ユーゴスラビアの事例に耳を傾け、それから日本との違いを考えるという工程はサッカーを考える上で非常に重要な体験であるように思える。

サンデル氏のように哲学的な内容の書籍ではないので、タイトルに期待しすぎてはいけない。



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