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ペップ・バイエルンのメカニズムに識者が迫る。

2013−14シーズンに3冠を達成し、14−15シーズンにはペップ・グアルディオラを監督に迎えたバイエルン。目下のところブンデスリーガでは負けなし、チャンピオンズリーグも順当に勝ち上がり、バルサに代わって欧州最強の名をほしいままにしている。

ペップ就任当初は、バイエルンにバルサのサッカーを持ち込むことが可能なのかという意見もあったが、シーズンの折り返しを迎えた今ではバルサのサッカーどころかさらに進化した姿を見せているという意見が大勢である。

では、ペップ・バイエルンのメカニズムとはどのようなものなのか。そこに切り込んだのが本誌である。

ポイントはサイドバックの動き

本誌の中で西部謙司氏はサイドバックの動きについてこのように語っている。

左サイドバックのダビド・アラバは通常のサイドバックとは上がり方が違う。タッチライン際を上がることもあるが、もっと中央寄りの高いポジションをとることが多い。バルセロナのサイドバックは、アラバのような上がり方はしていなかった。(P.24から引用)
右サイドバックがラームのときは、アラバと同じ役割ができる。しかし、ラフィーニャのときはできない。ラフィーニャは従来と同様にタッチライン際を上がっていく。(P.26から引用)

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清水英斗氏は、右サイドのラフィーニャも中に入ってきていると語る。

最も特徴的な変化が訪れたのは、サイドバックの仕事だろう。ウイングのフランク・リベリーやアリエン・ロッベン、トーマス・ミュラーらがタッチライン際にスタートポジションを取ったとき、サイドバックのラフィーニャとダビド・アラバは、彼らウイングの真後ろではなく、斜め後ろ、つまり中央寄りにポジションを取る。ボランチやインサイドハーフに近いポジショニングだ。
(中略)
つまり、中盤に人を足すためのオーガナイズは、バルセロナでは中央のセンターフォワードの縦スライド、バイエルンではサイドプレーヤーの横スライドという相違点が発生している。バルセロナのメッシが『偽の9番』ならば、バイエルンにおけるラフィーニャやアラバは『偽の2番』『偽の5番』と呼ぶことができるかもしれない。(P.44から引用)

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筆者がバイエルンの試合を見た限りでは、アラバもラフィーニャも中に入ることもあれば縦に動くこともあり、使い分けているように感じた。ただ、いずれにせよこの動きはバイエルンならではのものと言える。

なぜサイドバックを中にスライドさせるのか

その回答として2つが挙げられる。

1.時間とスペースを生み出す

まず、現代サッカーにおいてはとにかく時間とスペースがない。そのために、局所的に数的優位を作り出して時間を作ったり、これまでスペースと考えられていなかったような狭いスペースすら有効に活用しようとしたりする戦術が用いられるケースが多い。

局所的な優位性をもたらすためには、全体的な均衡を意識しながらもポジションをずらしたりチェンジしたりする必要がある。しかしこのやり方は最近ではメジャーになってきており、あらかじめ対策が立てられてしまうケースが発生している。特に偽の9番は、2ライン間を狭めたりCBの動きに自由度を持たせたりすることで封じられてしまうことも目立つようになってきた(メッシの場合は、メッシだからできる個人技で蹴散らすことが可能)。

であれば、これまでどこのクラブも実施してきていないようなやり方で局所的な優位性をもたらす必要がある。そこで生まれたのが、サイドバックの斜め横方向へのスライドということである。

憎いことにバイエルンでは、この斜め横方向へのスライドをずっとやり続けるわけではなく、試合の中で縦方向へのスライドも含め使い分けている。試合の流れやコンビを組む味方選手の特長に応じてということもあるだろうが、相手に的を絞らせないためという目的も見え隠れする。


2.リベリーとロッベンに良い形でボールを渡す

バイエルンの得点源は、リベリーとロッベンである。もちろんマンジュキッチも多くの得点をあげているが、リベリーやロッベンを経由することが多い。そのため、バイエルンではいかにリベリーとロッベンに良い状態(前を向いた状態)でボールを渡すかがポイントとなる。

そのためにバイエルンでは、局所的優位性を作り出して同サイドのリベリーやロッベンにパスを出す方法と、相手を片方のサイドにおびき寄せた上で逆サイドのワイド方向に一発でサイドチェンジするボールを出す方法の2種類の方法を用いて彼らにフリーでボールを持たせている。

こうすることで、得点の機会が多く創出できることになるのである。

バイエルンの練習風景

ボールを保持することを大事にするペップのサッカーを体現するためにはどのようなトレーニングを実施すべきか。本誌には、バイエルンの練習風景を観察しレポートにまとめたイタリア人のマッシモ・ルッケージ氏(イタリアサッカー協会技術委員)へのインタビュー記事が掲載されている。

ルッケージ氏によれば、驚く事なかれ、バイエルンで行われていたトレーニングは事実上1つだけだったのである。

バルサや現在のバイエルンを知っている方々ならばともかく、そうでない一般のファンであれば半ば信じ難い話なのでしょうが、そのトレーニングは驚くほど"シンプル"です。誤解を恐れずに言えば、それこそ見ている側が拍子抜けするほどの"軽さ"です。具体的なメニューと言えば最初から最後まで"ロンドス"だけなのですから。
(中略)
当然のことながらその"ロンドス"は予め実に良く考えられたものです。より正確を期して言えば、全てのロンドスが常に実戦で起こる現象をトレーニングのピッチに落とし込んだものとなっています、そこに"ムダ"はないわけです。(P.38から引用)

ロンドスといっても、単純な5対2のようなものもあれば、7対7+2フリーマン、4対4+3フリーマンなどバラエティに富んでいる。また、ミニゲーム形式でGKをつけたトレーニングも実施しているので、実際はロンドスだけということはないだろう。しかし実に多くの時間がロンドスに割かれていることも事実である。

また、このロンドスが恐ろしいまでに高速で行われているとのこと。高いレベルのインテンシティが求められているようである。

ロンドス中心にトレーニングを組む目的としてルッケージ氏は7つ挙げている。

  1. ポジショニング精度、およびマークを外す動き(ズマルカメント)の向上
  2. トラップ技術、ボールキープ力(術)の向上
  3. 見方の位置を把握する能力、ボールコントロールのスキル向上(原文ママ)
  4. パスの精度向上
  5. (守備のための)ポジショニング精度
  6. インターセプト、および1対1のスキル
  7. ボールを奪ってからのプレー(切り替え)の速さ

1〜4がポゼッション時、5〜7がトランジション時をイメージしている。ペップのロンドスは実戦形式というだけあって、ゲームで起こる要素が全て組み込まれているようである。

ただし、ロンドスを真似すればバルサやバイエルンのようなポゼッションが実現できるわけではない。このロンドスの練習の前にプレーモデルを叩き込んでいるという前提あってこその、ロンドスである。そのプレーモデルについてのトレーニングは本誌に書かれていないので注意が必要だ。

監督から本音を引き出すことは難しい

その他のコンテンツとして、PSG監督のローラン・ブラン、アトレティコ・マドリー監督のディエゴ・シメオネ、ユベントス監督のアントニオ・コンテのロングインタビューも掲載されている。

編集後記に記載されているが、編集長の植田氏によれば、企画段階ではコンテとシメオネにバイエルン対策を語ってもらい、それを特集のメインディッシュにする予定だったとのこと。しかし現役監督だけになかなか不確実なことや他クラブのことには口が堅く、特集を変更する羽目になったらしい。

しかしバイエルン対策ではないものの、3氏のインタビュー自体はとても読み応えのあるものとなっている。

ちょうどシーズン半ばに差し掛かり、バイエルンについて知りたい方や、好調クラブの監督の哲学が知りたいという方に持ってこいの一冊。



tags グアルディオラ, バイエルン, バルサ, バルセロナ, ペップ, 欧州サッカー批評


ペップとバルサの真のストーリーを紡ぎだす556ページの超大作。

在籍した4シーズンで14個のタイトルを獲得したペップ・グアルディオラ率いるバルセロナ。サッカー史上最強クラブとの呼び声も高く、また同時に「クラブ以上の存在」というクラブの理念は世界中から賞賛されている。

バルサが他のクラブと一線を画すのは、大別して2つの理由によるものだと考えられる。

1つ目は、内容と結果を両方追い求めるということをチャンピオンズリーグのような世界トップレベルの舞台においても体現したことである。

バルセロナのサッカーについては、本書においてビクトル・バルデスが的確な表現をしている。

まずは自分たちがボールを持たなければならない。そうすれば相手はダメージを受けるし、こちらはすべてをコントロールすることができる。次に大事なのは、中途半端なポジション取りをして、ボールを失わないようにすること。そういう展開になると、危険な状況が生まれるからね。それでもボールが奪われたとしたら、それは相手に力があるからであって、自分たちのミスじゃない。3つ目は敵陣でプレッシャーをかけること。僕たちは激しくボールに食らいつかなければならない。この方法はライカールトの時もやっていたけど、ペップはもっと重視した。(P.189から引用)

一般的にサッカーの得点は、カウンターによる数本のパスから生まれるもの、セットプレー、相手のミス、で8割くらいになると言われている。逆に言えば、キレイにパスをつないで結果生まれるのは2割程度しかない。バルセロナは2割しかない「キレイにつないで崩して得点する」サッカーを体現しながら脅威の勝率(4シーズン通算で7割以上)をマークした点で特異といえる。


2つ目は、価値観の共有という観点で究極までクラブに対するエンゲージメントを高めていることである。

拙ブログからの引用だが、エンゲージメントには「交換」と「統合」の2種類が存在する。

エンゲージメントは人材開発や組織開発においてもトレンドなのでこれからサッカー界でも重要視されるキーワードである。 サッカー選手も労働者である以上、働きたい場所の選択は本来自由のはずである。それをルールで阻止するのは間違っており、チームに留めたいのであれば違う方法を考えるしかない。このやり方には「交換」と「統合」の2種類しかないことが経営学的な通説となっている。「交換」とはチームへの忠誠(エンゲージメント)を金銭や福利厚生など何らかの報酬と交換する方法であり、「統合」とはチームとしての理念や方向性、哲学を労働者(選手)と文字通り統合し、ベクトルをあわせることで金銭を超えたエンゲージメントを共有する方法である。([書評] サッカー選手の正しい売り方から引用)

バルセロナは先にも述べたプレーモデルで世界観を作り出し、カンテラからの生え抜き選手を筆頭にその哲学に共感できる選手で構成されているクラブである。これを実現できているクラブは少なく、ここでも稀有な存在であるといえる。


以上2点の特異性は、ペップという1人の名将に属するものではなく、バルサというクラブが包含しているものである。クライフが青写真が持ち込み、ファン・ハールがメソッドとシステムを進化させたものとも言える。

ではペップはバルサというクラブに何をもたらしたのか。

ペップがもたらしたもの、それはバルサの哲学の完成形を示したことである。

内容の充実と結果を同時に実現し、選手やソシオはもちろん、世界中の人々から賞賛されるクラブ。誰もが憧れるユートピアに限りなく近づいたといって差し支えないだろう。


ペップはいかにしてバルサというクラブを完成形に近づけたのか。そして誰もが気になっている退任の理由とは何か。幼少期から選手時代を経てバルサの監督に、そして退任からバイエルンとの邂逅。それらの一連のストーリーについて、ペップという1人の人間の実像を捉えながら余すところなく語り尽くしているのが本書である。

以下に、いくつか印象に残ったストーリーを紹介する。

バルセロナBの監督就任から始まった成功への下準備

ペップが監督に就任した際に、それまでスター扱いされていたロナウジーニョとデコを放出したことは有名な話である。クラブの方針に従わない選手はスターであれ例外措置は取らないという強烈なメッセージであると同時に、ペップの考え方を周囲に示すのに有効な一手であった。

実はこの放出には伏線がある。

ペップはバルサの監督就任の前年、バルセロナBの監督に就任している。そこで、自身のセオリーの正しさを1年かけて現場で確認しているのである。

グアルディオラは、自分自身と自分の考えを下のカテゴリーで試してみたいという気持ちを持っていた。目的の一つは、自分のセオリーの正しさを確認すること。
(中略)
トップチームを率いることになった場合に直面するであろう問題の解決方法を、試行錯誤して見つけていく。ペップにとってBチームは、そのための格好の機会を提供していた。しかも、スポットライトやメディアの注目を浴びずに様々な方法論を試すことができた。(P.143から引用)

その中でも特に重要であった経験は、リーダー的な存在である問題児の取り扱いについてクライフからのアドバイスをもとに「切った」ことである。

「チームの中に2人、僕がコントロールできる自信のない選手がいるんです。僕の言うことを聞かないし、そのせいで他の選手も同じような態度を取るようになってしまう。問題は、この2人がリーダー的な存在であり、実力的にもトップクラスだということです。彼らがいなければ、きっと試合には負けてしまいます」
クライフの返事は簡潔だった。「2人を外せば良い。1試合か2試合は負けるかもしれないが、いずれチームは勝ち始める。その頃には、2人のろくでなしをチームから追い出せるさ」
ペップはクライフの指示に従って2人を外し、選手たちに監督としての威厳を見せつけた。この決断は他の選手たちへの警鐘でもあった。事実、チームの動きはよくなり、やがて試合でも勝ち始めるようになった。(P.145から引用)

この考え方はペップの基準となり、ロナウジーニョやデコだけでなく、エトー、イブラヒモビッチらの放出にも大きな影響を与えることとなる。

ペップに切り離された選手たち

エトーはペップが監督に就任した際、ロナウジーニョらとともに放出の候補であった。しかしエトーが改心したような素振りを見せたため、一転残留することとなる。シーズン当初はペップのやり方に従おうとしていたが、エトーはやはりセンターフォワードではなくワイドなポジションで使用されることに我慢がならなかった。この点に関してペップは自分のやり方を貫き通している。

グアルディオラの中にはオンとオフのスイッチがある。自分と同じ波長を持つ選手はとことん大事にするが、相手が心のスイッチをオフにし、人間関係の魔法が消えた時には、非常に冷徹な人間としての一面が顔を出す。自分の意見に賛成できないのなら、君はここにいるべきではないとも告げる。エトオに対するペップの気持ちは切れた。同じことは、やがて他の何人かの選手に起きることになる。(P.320から引用)

この「他の何人かの選手」の筆頭がズラタン・イブラヒモビッチである。イブラヒモビッチはエトーとの交換トレードの形でバルサに加入した。しかし、ロナウジーニョやエトーがバルサに合わないのであれば、どう考えてもイブラヒモビッチはバルサという枠に収まる選手ではないだろう。

イブラヒモビッチに関するエピソードは、『I AM ZLATAN』(筆者のレビュー)と併せて読むと非常に興味深い。

イブラヒモビッチは自伝の中で「意見は聞くが、俺流も貫き通す」という哲学を披露しており、この哲学はとてもではないがバルサやペップと相容れるものではない。イブラヒモビッチが悪でペップが善というわけではないが、両者は完全に対照的な存在であり、1シーズンでバルサを離れたのはむしろ賢明であったといえる。


ペップはこのような自身の哲学による世界観の中でバルサという怪物チームを率いていく。

そしてこの哲学こそがバルサ最強の秘密であると同時に、ペップがバルサを去っていく要因にもなっていくのである。

エントロピーの増大がもたらした精神の限界

世界観の構築はバルサの強力な生態系の構築でもある。生態系は世界が閉じているからこそ成り立つものであり、何らかの理由で世界が閉じられなくなったとき、崩壊が始まる。

ペップがバルセロナに就任した当初、その後に中心選手となって活躍していくカンテラ出身の選手たちはまだ「前途有望な若手」という位置づけであった。しかし4シーズンに渡り無類の強さで多くのタイトルを獲得したことで、かつての若手は世界トップレベルの選手として崇められる存在になっていく。

トップレベルになれば、何もかもチームの方針に従うことに無理が生じ始める。そうして、秩序だっていた世界観は、やがて無秩序の度合いが増していくこととなる。

これは物理の世界における法則でもあり、閉じた系においてはエントロピー(無秩序の度合い)は必ず増大するのである。

特に諸刃の剣であったのがメッシである。バルサの攻撃の象徴であり、偽の9番の成功のキーマンである唯一無二の存在。メッシの発言は日に日にクラブにおける重要な位置づけを占めるようになり、やがてクラブはネイマールの獲得においてもメッシにお伺いを立てたほどになっていく。

閉じた系では押さえ込めるエネルギー量に限界があり、ペップはここに頭を悩ませていた。辞任会見で述べた「監督を続けていたら互いに傷つけ合ってしまうことになる」という発言は、メッシを指していると著者のグイレム氏は言う。

こうして、クラブの哲学を徹底的に追求することで実現したペップのストーリーは、哲学の完璧さ故にエントロピーを放出できず、ストーリーの終わりを迎えることとなる。

他にも注目のエピソードが満載

ペップの世界観を外部から破壊しようとしたのがモウリーニョである。モウリーニョとの戦いは多くのページを割かれ描かれている。

モウリーニョは、傑出した選手が独自のサッカー観を体現するバルセロナを打ち破るべく、秘策をすでに練っていた。目標は相手を根幹から揺るがし、特権的な立場から引きずり下ろすこと。(P.384から引用)

また、バルサがペップではなくモウリーニョを監督に据えようとしていたエピソードも興味深い。結果的にペップを監督にしてバルサは成功したが、あそこでモウリーニョが監督になっていたら時代はどうなっていたか。2人の名将のストーリーは現在もバイエルンとチェルシーの監督として続いていて、今後も見逃せない。

他にもカンテラ出身選手との師弟関係、ファーガソンとのやり取り、充電期間を経てバイエルンへの監督就任の流れなど、読者が知りたいと思っている一連のエピソードがすべて盛り込まれている。そして、やがてペップはバルセロナの要職についていくだろうという匂いも感じ取れて、それだけでまたワクワクするではないか。


ここまで内容が濃密な伝記も珍しい。556ページと非常に分厚いが、冗長と感じられる箇所はなく、惹きこまれるように読める。バルサファンならずとも、ぜひとも手に取ってほしい一冊。



tags イブラヒモビッチ, エンゲージメント, エントロピー, カンテラ, クライフ, グアルディオラ, バルサ, バルセロナ, ペップ, メッシ, モウリーニョ, ロナウジーニョ


バルセロナ初心者のための、バルセロナを薄く広く把握するのに適した書籍。

本書は、現役選手やジャーナリストら11人の識者にバルセロナについて語ってもらい、様々な視点からバルセロナという稀代のクラブを解き明かそうというものである。

極めるための本ではなく、入門書

しかし結論から言ってしまえば、内容は決して濃いものではなくタイトルにあるような「極める」という領域には決して本書だけで到達することはできない。逆に言えば、とても平易に分かりやすく書かれているので初学者が入門書として扱うには最適である。

バルセロナについて概要を知るためにはプレーモデルやカンテラの存在、受け継がれてきた歴史などを簡単にでも知る必要があるが、それらは本書にひと通り網羅されている。

さらにバルセロナを極めたいなら

さらにバルセロナを理解するために手っ取り早いのは、自然科学を理解することである。

例えばクライフはバルセロナのサッカーを「ボールが的確に選手間を動き続け、選手たちは頻繁にポジションを移すが、チームとしてのバランスは常に保たれる」と表現した。この真意を捉えたいのであれば、自己組織化や動的平衡といった自然科学的な概念を理解すれば事足りる。

自然科学的なアプローチからバルセロナを理解するためには『バルセロナが最強なのは必然である グアルディオラが受け継いだ戦術フィロソフィー』(筆者のレビューはこちら)を読むとよい。これまで読んだサッカー本の中では1,2位を争う良書だと僕は思っている。

また、バルセロナの特長としてネガトラ(ネガティブ・トランジション)の速さがある。バルセロナはボールを奪われた直後の守備への切り替えの速さが異常で、すぐにボールを取り返してポゼッションを始める。これはそもそも自己組織化しているからこそできるものなのだが、トランジションについての理解は拙ブログのサッカーゲームにはハブがあるに詳しく書いた。この概念も同様に自然科学の相転移という現象がキーワードになる。

バルセロナ本もそろそろ打ち止めか

雑誌も含めバルセロナ本にはいくつか目を通したが、そろそろ打ち止め感が出てきている。論者はいつも同じだし、書いてあることも大体同じ。たぶん編集者から「分かりやすく書いて」「新しいこと書いて」とかいろいろ言われているだろうが、真意が変わることはないので結局結論は同じになる。

リーガを圧倒的な強さで優勝したのに、CLベスト4でバイエルンにボコられたおかげでバルセロナ時代の終焉とか言われていてちょっと言い過ぎだと思うが、世間の興味の移り変わりのタイミング的にもちょうどよかったのかもしれない。バルセロナ本の代わりにバイエルン本がいくつか今後出版されそうな気がする。



tags バルサ, バルセロナを極める11の視点, 入門書, 相転移, 自己組織化, 自然科学


バルセロナの勝者のメンタリティは如何にして培われたのか。

本書はグアルディオラやビラノバ、メッシ、シャビ、イニエスタをはじめとするカンテラ育ちの選手のインタビューを通じ、バルセロナの育成の哲学を学ぶことを主眼に置いている。技術面や練習のメソッドなどは一切登場せず、サッカー選手として、そして一人の人間としての人格形成まで包含したメンタリティの涵養がテーマである。

本書でたびたび登場するのが若年層における「勝利か育成か」という哲学的な問いだ。目先の勝利を優先すると結果として早熟な子どもを出場させたりフィジカルを押し出したサッカーをしたりと、長期的な育成の視点が損なわれる。一方で育成を優先するとなかなか試合に勝てず、勝つことを通じた喜びや学びが伴わない可能性がある。

日本の高校生世代においても同様の論争が湧き上がったことがある。小峰忠敏監督率いる国見高校がフィジカルを全面に押し出したサッカーで2000年代前半の高校サッカー界を席巻していた。大久保嘉人、平山相太らが日本一に輝いた時代である。

ちょうど同じ時期、日本サッカーは劇的な進化を遂げ、98年W杯初出場から2002年自国開催によるW杯初勝利、そして中田英寿や中村俊輔のような非凡なパスセンスをもったプレイヤーを中心としたポゼッションを伴うサッカーを世論としても志向し始めていた時期でもあった。

そんな中議論の的となったのが国見高校のサッカースタイルの是非である。しかし小峰監督の答えは実に明快であった。

「勝ってから反論してください。」

パスサッカーがそんなにも素晴らしいものであるのであれば、まずは勝ってみてくださいということだ。痛快である。小峰監督の中には勝つことでしか学べないことがあるという信念があったのだろう。
(しかし時代の流れには逆らえないのか、2006年の野洲高校(乾貴士が2年生として出場)や2008年の流経大柏(大前元紀が出場)の優勝とともに、高校サッカー界もパスサッカーを志向する時代へと突入していく。)

バルセロナの哲学は、小峰監督の考えに近い。つまり、勝利と育成は反する概念ではなく、勝利の中に育成が包含されているという考え方だ。

グアルディオラやビラノバはそろって勝利と育成は両立できるものであると言っているが、その言葉の中には勝利こそが育成の近道であるというニュアンスが含まれている。

グアルディオラ「勝つことは優れた育成と両立できる。若い頃からしっかり教育する良い方法は『力を出し切って勝つ』ということに慣れさせることだ。
(中略)
要するに、しっかりやるべきことをやりながら常に勝利を目指すことの大切さを子どもたちに教えることが重要だ。」(P.63-64から引用)
ビラノバ「バルサのカンテラでは常に勝たなければならない。この勝者のメンタリティーはカンテラの若者がトップチームに上がった時に効果を発揮する。」(P.64から引用)

彼らの考えは、仲間や指導者、対戦相手をリスペクトして全力で戦い、バルサの哲学を守った形で勝つことそのものが育成であるということである。ここから読み取れるのは、「育成を優先すれば勝利は二の次でもよい」という考えは甘えであり逃げであるということだ。志向するサッカーはクラブ(や学校)の哲学に沿えばよい。なにより大切なことは、その哲学に則りながら勝つことで勝者のメンタリティを養うことであり、それこそが育成に他ならないとバルセロナは教えてくれる。

また、プジョルやシャビ、イニエスタ、メッシらのインタビューから、如何にしてバルサの哲学が養われていったのかの過程を選手目線から追いかけることができる。

ルイス・エンリケ、アモール、マジーニョなどバルセロナで活躍した往年の名選手も登場(さらに昔の選手も多数登場するが恥ずかしながら僕は知らない選手ばかり)し、古残のファンも懐かしながら楽しめる内容となっている。



tags FCバルセロナの人材育成術, カンテラ, サッカー選手の育成, バルサ, 勝者のメンタリティ

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プロフィール

profile_yohei22 yohei22です。背番号22番が好きです。日本代表でいえば中澤佑二から吉田麻也の系譜。僕自身も学生時代はCBでした。 サッカーやフットサルをプレーする傍ら、ゆるく現地観戦も。W杯はフランスから連続現地観戦。アーセナルファン。
サッカー書籍の紹介やコラム、海外現地観戦情報をお届けします。

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