アメリカ、韓国、イラン、日本で過ごしたアフシン・ゴトビの激動の半生と成功のメソッド。

かつてここまでの逆境下で発売された本はなかったのではないだろうか。ゴトビ監督率いる清水エスパルスは本書発売日の2013年3月28日時点で昨シーズンから公式戦12戦連続未勝利、特に直近のナビスコカップのジュビロ磐田戦は1-5、J1のサンフレッチェ広島戦は0-4の敗戦で泥沼状態。サポーターが監督解任を声高に叫んでいる。

一方で昨シーズンはチームを大幅に若返らせてナビスコカップ準優勝するなど改革と勝利を同時に手に入れている。清水エスパルス監督の前に務めていたイラン代表監督としてもチームの立て直しに成功したと聞いている。

ゴトビとは一体どのような監督なのか。イラン出身のアメリカ人、ゴトビの半生と指導者としての歩み、哲学をまとめたのが本書である。

日韓W杯にて韓国をベスト4に導いた影の立役者、ゴトビ

イランで生まれたゴトビだが、父親の仕事の影響で13歳のときにアメリカに移住。サッカー選手として優秀であった一方で、UCLAに受験で進学するなど学問にも長けていた。電子工学科でエンジニアリングを専攻しており、ここでテクノロジーを用いた指導の土台を築いた。

ゴトビの名が売れたのは日韓W杯で韓国代表のフットボール・アナリストとしてヒディングの右腕として働いたときのこと。ヒディンクといえば1つの交代でポジションを一気に4つも入れ替え、敵チームを混乱に陥れるような術に長けていた。しかしこれを実現するためには韓国の選手に役割理解を徹底させなければならない。韓国語が話せないヒディンクは通訳を従えていたとはいえ微妙なニュアンスの伝達に苦労していた。

そこで活躍したのがアイコンや動画を用いて視覚的に選手に伝える方法だ。言葉で聞くよりも視覚的に確認したほうが当然選手の理解も早く、深い。このシステムを担当したのがゴトビだったのである。

恥ずかしながら僕はゴトビが韓国代表に携わっていたことをまったく知らなかった。そして、テクノロジーに長けていることも。本書によるとよほどの「テクノロジーおたく」でもあるようだ。

私はマッキントッシュの最新のコンピューターが発売されるたびに、必ず一番処理速度の速いモデルを買い、分析に使うためのソフトウェアも新しいバージョンが出るたびに手に入れてきた。これまでに買ったマッキントッシュのラップトップの台数は、軽く20台を超えていると思う。
(中略)
ジャンルを問わず、テクノロジーは最高の結果を目指していくうえで有効な武器になる。サッカー界で最高の舞台といえばワールドカップだ。そのワールドカップで勝てるような監督になるためにこそ、私には最高レベルのテクノロジーが必要だった。(P122-123から引用)

小野や高原とは話し合いの末、苦渋の決断でレギュラーを外れてもらった

日韓W杯の後も韓国で指導者として過ごし、2007年に祖国イランに帰国。クラブチームや代表監督を経て2011年に清水エスパルスの監督に就任する。清水エスパルスはゴトビ監督就任の前年からレギュラー7名を含む9名がチームを退団し、6年続いた長谷川健太前監督の色からの一新を図っていた。

ゴトビ監督はベテランと若手を少しずつ融合させていく手法を取ろうとしたが、就任2年目のシーズンにチームが勝てない時期が続き、一つの決断をする。若手の爆発に賭けたのである。そこで割りを食ったのが小野や高原といったベテラン勢である。2人とも現在は清水エスパルスに残っていないのでゴトビ監督との不仲説が噂として流れているが、ゴトビ監督はそれを一蹴している。

小野が後にシドニーFCに移籍することになったことや、高原の出場機会が少なくなっていったことに対して、多くの人たちが不満を感じただろうことは十分に理解している。ましてや共に地元出身の選手であるだけに、私がエスパルスのファンだったならば、やはりアフシン・ゴトビという監督に文句を言っていたと思う。
だが私に選択の余地は残されていなかった。あのままの状態で試合に臨み続けていれば、チームはスランプから脱出できず、順位がさらに下がっていくのは誰の目にも明らかだった。
(中略)
また先発から外れてもらうことを説明する際には、私は可能な限り誠実に接したつもりだ。実際に2人とは何度も一対一で話し合ったし、こちらの考えを伝える一方で、彼らの忌憚のない意見や率直な気持ちも十分に聞いたつもりだ。その意味で私は、2人との間にしこりは残らなかったと信じている。(P.273-274から引用)

本書を読む限りではゴトビはとても誠実な人柄で、ロジカルに説明責任を果たそうとする監督である。もちろんレギュラーから外されるわけなので選手としては納得がいかなかったかもしれないが、巷で言われているような「干した」ようなことはなかったと思う。

成績不振だけを理由にゴトビ監督を解任することは難しそうである

ゴトビは韓国やイランで政治的な理由でコーチや監督を解任させられそうな体験をしてきている。

例えば韓国の水原三星では車範根(チャ・ブングン)監督のもとでコーチを務めていたときには以下のような経験をしている。

ちなみに彼(筆者注:車範根のこと)は常に一人でスポットライトを浴びたがるようなところがあり、案の定、クラブ側も私の肩たたきをしてきた。だが私は、もうナイーブではない。契約が残っている以上、私にクラブを去らせたいのであれば違約金を払わなければならないと指摘した。クラブ側はしぶしぶ納得し、私は二軍監督を務めることになった。(P.151から引用)

イランではさらにひどく、クラブの経営者がゴトビを辞めさせるために選手を買収し、試合にわざと負けた上で肩たたきをしてきている。このケースでは、サポーターからの続投要請で監督を続けることになっている。

ゴトビはビジネスの世界におけるネゴシエーションやマネジメントを熟知している人間であり、もちろん関わったチームに全力を尽くすが、自身のキャリアのこともしっかりと考えている。

私は常に2つの視点でキャリアアップを捉えるようになった。ひとつは目先の条件やサラリーにとらわれず、長期的な視点で経験やノウハウを吸収していくこと。もうひとつは、そのうえでなおかつ自分の肩書や条件などに細かく気を配っていくことだ。さらには思うように事が運ばなかった場合に備えておくことも必要だろう。
(中略)
監督やコーチングスタッフという仕事では、突然、契約を解除されるような状況に陥るのも日常茶飯事だからだ。(P.142から引用)

当然清水エスパルスでも監督解任における違約金はしっかりと積んでいるであろうし、首になるような事態は自身のキャリア上も好ましくないであろうから二重、三重にその防衛線を張っていることであろう。

ゴトビ革命の肝はテクノロジー

監督の役割は試合に向けた準備とメンバー選考までがほとんど、というのがゴトビ監督の考え方である。練習やコンディション管理にテクノロジーを導入し、数値を用いて説明する。それどころか、数値を選手自身が自宅でも閲覧できるようにしている。もちろん数値だけに任せて無機質に管理するわけではなく、コミュニケーションを大切にして誠実に選手に接する。

その上で、ゴトビ監督は攻撃的でダイナミックなサッカーを目指している。ピッチを広く、そして深く使うモダンな攻撃サッカー。物理的なアクションを多く(現状の倍である30秒に1回以上のペース)起こし、最後まで走りきるサッカー。そのためにはテクノロジーを用いた管理、説明が必要であり、テクノロジーこそがゴトビの哲学の土台となっている。

ゴトビ革命が失敗することがあるとすれば、数値を用いているにも関わらずまったく結果が出ないことに選手の気持ちがついていかなくなったときだと思う。数値は説得力があるが、それが勝利に結びつかなければマイナスの意味でも説得力を持ってしまう。

冒頭でも記したように、清水エスパルスは現在苦境に立たされている。しかし本記事を書いている4月6日の昼の試合で清水エスパルスはサガン鳥栖を1-0で退け、今シーズン初勝利をあげている。決勝点となったバレーの得点の際のゴトビ監督のガッツポーズ、そしてバレーが真っ先にゴトビ監督に駆け寄っていった姿を見ると、監督と選手の確執という話もそこまで大きくなさそうに見える。

個人的には科学的な管理はもっと使われるべきであると感じているし、そうやって勝利の確率を1%でも上げていく努力こそが監督に求められる資質であると思う。エモーショナルな部分だけでは勝てない。そういう意味で、ゴトビ監督には日本で成功を収めてほしいし、いつかどこかのナショナルチームの監督に就任した上で日本代表と対戦できるような機会があることを楽しみにしている。



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