結果を出した名監督の生き方と語録集。

モウリーニョ、ファーガソン、グアルディオラ、サッキ、ヒディンク、ベンゲル、アンチェロッティ、クライフ、そしてオシム。いずれの御仁も単独で著書が出ているほどの名監督であり、その思想や哲学は深く、余人には理解し難いものもある。そんな名監督たちの哲学を「名言」を切り口にライトに紹介しているのが本書である。浅く広く名監督の哲学を理解したい、もしくは本書をきっかけに自分にあっている哲学を発見し、それからその監督について深堀りする、などのケースに向いている。

監督のすごい言葉は言葉尻だけを捉えても仕方ない

監督は実務家であり、研究者でも哲学者でもない。監督は目の前の試合で結果を出すことが求められる。言うなれば、自身が発した言葉の真実性は二の次で、その言葉が選手を鼓舞すれば内容は極論すれば何でもよいと考えている節もある。

例えばモウリーニョは「不安やプレッシャーを口にすべきではないんだ。絶対にね。」とチェルシーの監督時代に口にしたらしい。これは成功のためのモウリーニョのメソッドではあるのだろうが、絶対解ではない。不安やプレッシャーを口にすることで救われることもあるかもしれないからだ。

このことについては、『勝利を求めず勝利する ― 欧州サッカークラブに学ぶ43の行動哲学』(筆者のレビューはこちら)に面白い指摘がある。

半世紀以上も前に経営学者ハーバード・A・サイモンが示唆したように、リーダーへの数々の助言はことわざとよく似ている。どの助言にも対になる概念が存在し、どちらも正しいと彼は述べた。
たとえば、「今この時を生きよ」には「事をなすには時がかかる」。「蛮勇振るわば福来る」には「用心は賢明の母」。「第一印象に二度目なし」には「一度は数のうちに入らぬ」などだ。
これはサッカーにも当てはまる。「攻撃は最大の防御」には「失点するな」。「守って勝つ」には「敵より一点でも多くゴールを決めろ」だ。(P.33から引用)

監督たちの名言を「すごい」と思うだけでなく自分で活用しようと思うのであれば、その監督の哲学や思考スタイル、またどのようなシチュエーションでその言葉を発したのかを考え、自分のものにしていかなくてはならない。その索引として、本書『サッカー名監督のすごい言葉』は使えるだろう。

「何を」ではなく「誰が」。イチローの発言こそが真実

「名言」についてこれまで見てきた中ではイチローの発言が魂を揺さぶられるくらい衝撃だった。

今はまだ色紙に一言と言われても書けない。大切にする姿勢や哲学はあるが胸を張って一言残せるほどの自分ではない。偉人の言葉を引用する年配の方がいるがあれはダサいと思う。拙い表現でも将来自分の言葉で伝えられたらなと思う。しかし結局、言葉とは『何を言うか』ではなく『誰が言うか』に尽きる。その『誰が』に値する生き方をしたい
(日経新聞2013年2月13日記事より引用 日経電子版有料会員のみこちらからでも読める)

おっしゃるとおり。ダサいとまで言われるとぐうの音も出ない。

名言は、モウリーニョやファーガソンが言ったから名言なのであって、他の誰かが言っても名言とはならない。また、言っている本人は名言を残そうと思って発言したわけでもなんでもなく、チームを勝利に導くために発言したことを他人が名言と崇めているに過ぎない。寿命が縮まるような勝負の世界で研ぎ澄まされた状態で出てきた言葉だからこそ、重みがある。「名言」という結果からアプローチすると僕らは重要なコンテクストを読み落とすかもしれない。そのことには注意しなければならない。



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