フットボールのない週末なんて、まるで君のいない世界のようだ。

各国1名の記者に与えられるFIFAバロンドール投票権。英国でこの権利を持っているのが本書の著者であるヘンリー・ウィンター氏だ。ちなみに日本では田村修一氏が権利を持っている。

フットボールの母国イングランドにおけるピッチの内外で起こる事件や裏話、そしてスーパープレー。ヘンリー氏は週末にスタジアムで起こる悲喜こもごもをコラム「A Moment in Time あの日のオールドシアター」として海外サッカー誌『footballista』で連載している。本書は連載されたコラムから珠玉の43本を厳選したコラム集である。

奥深い歴史をつまびらかにする史実としての価値

本書は筆者がこれまで読んできたコラム集とは趣が異なっている。

これまで以下の3冊のコラム集について拙ブログにもレビューを書いてきた。

   

これらのコラムに共通しているのは、書き手の意見が明確に書かれていること。『サカマガイズム』の著者である北條聡氏は著書の中でこのように語っている。

とにかく、何かを発信しなければいけない―。そんな考えに至ったのは、編集長になって、しばらく経ってからのことです。熱心な読者の方から、こう言われたのがきっかけでした。
「ほかのヤツらの意見はいいんだよ。サッカーマガジンとして、どう考えてんのか―あんた方の意見もちゃんと書いてくれ、ってこと」
分不相応と知りつつも、巻頭言にこだわるようになったのは、そうした理由からです。(P.2-3から引用)

単なる事実の羅列ではなく、そこにどんな意見や主張が込められているのか。これまで見てきたコラムニストはその点をとにかく重要視していたように思う。

ところがヘンリー氏のコラムには意見がほとんどない。そこに書かれているのは、史実による母国イングランドのフットボール文化の奥深さの描写である。

1つの試合、プレー、事実を切り取るのにのも、当人たちにはそれ以前のストーリーが存在している。そのストーリーなしに「あの試合は退屈だった」「試合前の会見で熱くなりすぎだ」などと語っても片手落ちと言われても仕方がない。

ヘンリー氏は豊富な知識と経験からフットボールの歴史を紡ぐことで、まるで「僕の意見はなくても十分価値があるでしょ」と言わんばかりである。マージーサイドダービーの話やダルグリッシュとファーガソンのライバル関係など、史実そのものだけでおかわり3回できるというものである。

記憶に残る伝説のプレー

タイトルを見るだけで思い出せるイングランドにおける伝説のプレーもコラムとして登場する。

例えば、99年FAカップ準決勝、ユナイテッドVSアーセナルにおけるギグスのゴール。イングランドの巷のフットボールファンにこの話題を振れば、まるで昨日のことかのように熱く語ってくれるようである。

そして迎えた109分、パトリック・ビエラの緩慢なパスというアーセナルらしくないミスに付け込んだギグスは、監督のアドバイス通り、まるでピッチ上を滑走しているかのようなドリブルで颯爽と敵の守備陣を抜き去っていった。
ビエラを中盤に置き去りにすると、左右に素早いフェイントを繰り返して右サイドバックのリー・ディクソンを翻弄。ディクソンの当惑ぶりは試合後のファーガソンに、「体中の血管がよじれてしまったようだった」という名言を残させた。ギグスは続けざまに、インサイドに控えるマーティン・キーオンとトニー・アダムズの両センターバックも手玉に取っている。逆サイドのナイジェル・ウィンターバーンを含むアーセナルの最終ラインは、イングランド史上最強と恐れられていた。観衆は独力で"フェイマス・フォー"を突破した選手など、いまだかつて目にしたことがなかったのだ。加えて、ゴールマウスには同国ナンバー1の守護神デイビッド・シーマンが控えていたが、ギグスは難なく代表正GKの背後のネットを揺らしたのだった。(P.15から引用)

筆者はアーセナルファンでこの試合は生中継で観ていた。アーセナルが負けたことにはがっくりきたが、この伝説のゴールを目の当たりにしていちフットボールファンとして純粋に感動したことを覚えている。


続いて、ベッカムの伝説のフリーキック。ときは2001年10月6日、2002年日韓ワールドカップ欧州予選、イングランドVSギリシャの一戦である。イングランドは引き分け以上でワールドカップ出場という条件だったが後半アディショナルタイムに入っても1-2とリードされていた。試合終了間際にゴール前25メートルあたりの位置で得たフリーキック。ベッカムの右足から放たれたFKは弧を描いてゴールマウスに吸い込まれていく。

クラブでも代表でも、その右足と同様に情熱と気迫を感じさせる「汗」が再び国民の心をつかむようになっていた2000年、国内各紙はこぞってベッカムの代表キャプテン抜擢を称えた。翌年のギリシャ戦で、02年ワールドカップ出場を意味する起死回生のフリーキックが決まった瞬間、マスコミと国民はそろって"ベッカム様"の足下にひれ伏したようなものだ。(P.216から引用)

あの緊迫した場面で史上最高の一撃を放つことができるメンタリティ。かっこいいとしか言いようがない。


そして最後にアーセナルファンならずとも誰もが世紀のゴールと崇めているベルカンプの「逆回りターン」のトラップからのゴールである。

ベルカンプは卓越したフィニッシャーでもあった。プレミアにおいては、2人のセンターバックが完璧に"始末"されている。
(中略)
2人目は、その5年後に手玉に取られたニューカッスルのニコス・ダビザス。ペナルティエリアの淵で体を開き、ダビザスを背負ってパスを受けたと思われた瞬間、左足で引っかけるようにボールをダビザスの右側に送ると、自身は左側から回り込んでゴール前に抜け、右足で流し込んだのだった。(P.225-226から引用)

トラップミスなのではないかと騒がれてもいたが、筆者はベルカンプに限ってそんなことはないと思っている。ベルカンプ、ファン・ニステルローイ、ファン・ペルシーなどオランダ人FWのトラップ技術は一体どうなっているのか不思議で仕方ない。

いつか日本も追いつけるように

日本のJリーグの歴史は本場からすればまだ浅い。しかしそれなりに20年積み上げてきて、Jリーグ開幕のときには生まれていなかったような世代がJリーガーとして活躍し始めている。我々世代が「Jリーグ開幕ゴールはマイヤーだったよね」なんて話してもそんなことを知らない世代の方がマジョリティにやがてなっていく。そんなとき、本書のような史実を紹介する書籍も日本に必要になってくるかもしれない。そうやって少しずつ歴史を紡いでいき、やがて文化が根ざしていくということなのだろう。

Jリーグのない週末なんて。そんなセリフから市井から聞こえる日がいつかきますように。



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