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タグ「ボトムアップ理論」の一覧

4月21日に御茶ノ水で開催された畑喜美夫氏による「ボトムアップ理論で子どもの自主性を伸ばす!!」セミナー(主催:ジュニアサッカーを応援しよう)を聴講してきました。自主性を開放するアプローチとして有効なボトムアップ理論についてセミナーを通じて改めて考えたことをまとめておきます。

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ボトムアップ理論とは何か

ボトムアップ理論については拙ブログのボトムアップ理論はプレイヤーズ・ファーストを具現化する新しい指導の形に詳しく書きましたのでよろしければご覧ください。冒頭の紹介を引用しておきます。

プレイヤーは練習メニューから公式戦に出場するメンバー、戦術、選手交代などをすべて自ら決定していく。指導者は必要に応じて問題提起などを対話を通じて行いながら、プレイヤーの可能性を引き出すファシリテーターとして機能する。

こういった選手の自主性は部活の中だけで養われるものではなく、日常生活すべてを通じて涵養されるものです。普段から自主的に動けない選手が部活や試合の中で突然自主的になれるはずがありません。畑さんもセミナーの中で次のようにおっしゃっていました。

サッカーはサッカーだけで上手くなるのではなく、サッカーは日常生活を含んだ全てで上手くなる。

ところがこれを聞いて「なんか聞いたことあるフレーズに似ているぞ」と思った方も少なくないのではないでしょうか。そうです、村松尚登さんが戦術的ピリオダイゼーション理論を説明するときに使われている「サッカーはサッカーをすることで上手くなる」というキーフレーズです。ちょうど畑さんのセミナーの1週間前に村松さんの「バルサ流育成メソッドを学ぶ!」セミナー(筆者のセミナーレポート)を聞いたばかりということもあり、両氏の主張にどのような違いがあるのか自分なりに考えてみました。

戦術的ピリオダイゼーション理論で取り扱っている要素は拡張要素

まず、戦術的ピリオダイゼーション理論について簡単な図をもとに整理してみます。

戦術的ピリオダイゼーション理論では、サッカーを要素還元的に分解するのではなく総体として捉えることを提唱しています。つまり、技術、戦術、フィジカルといった要素を個別に鍛えてもサッカーという複雑系システムをプレーするためには十分ではないということです。非線形的な言い方をすれば、「全体とは部分の総和以上の何かである」ということになります。

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ここで取り扱っている総体としての「サッカー」に含まれている技術、戦術、フィジカルなどは、練習をすることで積み上げていくことができます。積み上げようとトレーニングをすれば、積み上げの程度に差こそあれ、「減る」ということはありません。

つまり、戦術的ピリオダイゼーション理論で取り扱っているのは、トレーニングをすることで積み上げていくことができる「拡張要素」であるということができます。

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ボトムアップ理論で取り扱っている要素は平衡要素

次に、ボトムアップ理論です。

ボトムアップ理論では、サッカーは日常を含めた一連の活動の一部として捉えます。日常生活の中で準備をする大切さを体感したり心を整えたりすることでサッカーに臨む質も高まる、という位置づけです。

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ここで取り扱っているのは技術、戦術、フィジカルなどではなく、それらをトレーニングするための姿勢やモチベーション、試合における平常心など「気持ち」に分類されるものです。気持ちとは皆さんご存知の通り、トレーニングすれば必ずしも積み上がっていくものではなく、増えたり減ったり、上がったり下がったりすることが通常です。

つまり、ボトムアップ理論で取り扱っているのは、必ずしも積み上げることができない「平衡要素」であるということができます。

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両者は異なる要素にアプローチしている

ここまでの整理で分かるように、戦術的ピリオダイゼーション理論とボトムアップ理論は扱っている領域が異なります(もちろん、戦術的ピリオダイゼーション理論でメンタル面のトレーニングもできていると思いますが、ここでは中心的に取り扱っている領域という意味で書いています)。ですので、どちらが優れている/劣っているといった比較ができるものではありません。

畑さんはボトムアップ理論を推奨する理由として『子どもが自ら考えて行動する力を引き出す 魔法のサッカーコーチング ボトムアップ理論で自立心を養う』(筆者のレビュー)にて次のように語っています。

近年、指導者の大半がテクニックや技術論、戦術論にばかり目がいって、チーム指導のベースとなる組織論についておざなりにされている方が多いと思います。インターネットで検索すれば、バルセロナやマンチェスター・ユナイテッドの技術指導の情報は、簡単に手に入れることができます。世界中の強豪チームの指導方法も知ることができます。

でも、その通りに指導したら、どこでもバルセロナやマンチェスター・ユナイテッドのようなチームになれたら苦労はありません。全国の指導者はもう頭打ちの状況で、何か打開策はないか悩まれているんだと思います。

ですから、話題のテクニックや技術論、また戦術論に飛びつきがちですが、大切な指導目的や哲学、組織論について、いま一度、見直しが必要ではないかと思います。(P.130-131から引用)

企業経営においてもモチベーションやコミットメントなどは永遠の課題です。皆さんご存知のことと思いますが、誰かに「やる気を出せ」と言われてやる気が出る人がいないことから分かるように、平衡要素は意図的にコントロールすることが難しい要素です。人々の気持ちにアプローチするのは非常に困難が伴うのです。

ボトムアップ理論が昨今注目されているのは、サッカーにおいてこれまでなかった「平衡要素」にアプローチするメソッドであるからです。技術や戦術だけを取り扱っても何かが足りない。そう気付き始めている潮流にボトムアップ理論がピタリとハマった、そんな感じだと思います。

サッカーが好き、その気持ちを忘れないために

雨で部活が休みになって「やったー!」と喜ぶ。これは本来的に何かおかしいはずです。そもそもサッカーが好きでサッカーをやっているのに、それができなくなって喜ぶとは本末転倒です。畑さんもこれはなにかおかしいとセミナーでおっしゃっていました。

サッカーをやりたいという内発的動機づけをどうにかして呼び起こす。これは週の練習回数や練習時間なども影響していると思いますが、サッカーをプレーしている人がいま一度「サッカーが好き」という原点に立ち返ることができれば、日本のサッカーシーンも様変わりするのではないでしょうか。

ボトムアップ理論は万能ではありませんが、その世界観は知っておいて損はないと思います。


セミナーで話していたことと概ね似た内容が2枚組のDVDとして販売もされています。
1枚目が理論的な背景などの紹介、2枚目が畑さんと他2名の方による座談会でボトムアップ理論についてざっくばらんに語っている内容となっています。



tags プレイヤーズファースト, ボトムアップ理論, 平衡要素, 戦術的ピリオダイゼーション理論, 拡張要素, 畑喜美夫, 自主性


自主性を最大限に開放する創発型アプローチの提言。

育成年代の部活やクラブにおけるミッションとは何なのか。根本的な問いであるが、普段目の前のトレーニングや試合に没頭していると忘れがちになってしまう。ここがブレると目標設定などもブレてしまうので、しっかりと設定しておくべきである。

果たして、試合に勝つことや大会で優勝することがミッションなのだろうか。

もちろん、そういったミッションもありだろう。一方で、育成年代でサッカーをしている少年、青年の99%以上はプロ選手を目指すわけではない。育成年代におけるサッカーを社会に出て一人の社会人として活躍していくための教育の一環と捉えるのであれば、必ずしも勝つことだけがミッションというわけではなくなってくるだろう。

社会に出て求められる能力とは、いわば自ら問題解決をする能力である。
そのために、

  • 問題を発見し
  • (原因分析から)有効な打ち手を考え
  • 粘り強く打ち手を実行し
  • 必要に応じて周りを巻き込む

ことを「自ら」実施できる行動が求められる。

では、部活やクラブにおけるサッカーを通じてこれらの能力、特に「自ら」の部分を指す自主性を涵養することができるのか。

その問いに対する回答として「ボトムアップ理論」を紹介しているのが本書である。

ボトムアップ理論とは何か

ボトムアップ理論の説明については拙ブログを参照してほしい。
ボトムアップ理論はプレイヤーズ・ファーストを具現化する新しい指導の形

拙ブログから冒頭の説明を引用しておく。

ボトムアップ理論とは、畑喜美夫氏が提唱した、プレイヤーが主導してチーム運営を行う指導方法である。プレイヤーは練習メニューから公式戦に出場するメンバー、戦術、選手交代などをすべて自ら決定していく。指導者は必要に応じて問題提起などを対話を通じて行いながら、プレイヤーの可能性を引き出すファシリテーターとして機能する。

本書の著者である畑氏によるDVD教材も販売されている。2巻組で、1巻目が理論的背景などの紹介、2巻目が畑氏と他2名の座談会となっている。

なぜ今ボトムアップなのか

ボトムアップ理論は決してサッカー以外の能力を育成するためだけに導入するわけではない。畑氏は前任の広島観音高校サッカー部の監督として、ボトムアップ理論を用いて2006年に高校総体で優勝を成し遂げている。

ボトムアップ理論を推奨する理由として、畑氏はこのように語る。

近年、指導者の大半がテクニックや技術論、戦術論にばかり目がいって、チーム指導のベースとなる組織論についておざなりにされている方が多いと思います。インターネットで検索すれば、バルセロナやマンチェスター・ユナイテッドの技術指導の情報は、簡単に手に入れることができます。世界中の強豪チームの指導方法も知ることができます。

でも、その通りに指導したら、どこでもバルセロナやマンチェスター・ユナイテッドのようなチームになれたら苦労はありません。全国の指導者はもう頭打ちの状況で、何か打開策はないか悩まれているんだと思います。

ですから、話題のテクニックや技術論、また戦術論に飛びつきがちですが、大切な指導目的や哲学、組織論について、いま一度、見直しが必要ではないかと思います。(P.130-131から引用)

サッカーは自主的に判断する場面の連続である。1回1回のプレーが途切れ、監督の指示が重要になる野球やアメリカンフットボールとは根本的に特性が異なっている。であれば、自主性を育むように環境面からサポートすることが大切になることは自明である。

一方、サッカーという競技として、指導はトップダウンがよいのか、またはボトムアップがよいのか考えてみると、まず、競技の特性として、選手が状況に応じて判断をする場面の連続ですよね。

しかも、瞬時の判断が要求されます。

ベンチの監督から「右に行け!」「逆サイドに廻せ」なんてコーチングの声が聞こえてから、動いていたら、相手の選手にインターセプトされたなんて、よくある光景です。どう考えても、ピッチの選手が判断する方が、スピーディにスムースに展開されてくると思います。(P.147から引用)

ボトムアップ理論を導入することで、社会で必要とされる能力を涵養できるばかりでなく、試合に勝つために必要な能力も育成できるのである。

教えないことが良いことではない

ボトムアップ理論の上辺だけを取り上げると「指導しないことが良い」と捉えられかねない。それは間違いであるので注意が必要である。指導しないことが目的ではなく、プレイヤーが自主的に判断することを支援することが目的である。最初から自主的に判断することは難しいので、寄り添うようにファシリテーターとして機能することが求められる。

村松尚登氏はこの辺りの考え方について、小澤一郎氏との共著『日本はバルサを超えられるか』(筆者のレビュー)の中で次のように語っている。

まったく教えないというのは指導放棄になってしまいます。単に放置するだけでは基本の習得すらままならず、子どもの遊びの延長になってしまう危険性もある。そのためにも選手が自らトレーニングをオーガナイズできるためのノウハウの提供は必要で、もしかすると自分たちでトレーニングを組み立てる選手たちを対象とした「指導者選手講習会」の需要が出てくるかもしれません。

(中略)

私が今春まで指導していたバルサスクールでは、誤解を招くかもしれませんが「教えすぎている」と言っていい状態です。ただしそれは、ゲーム形式の練習を通じて、判断材料を与え、教育するという感じの詰め込みで、一般的なつめ込み指導とは異なると自負しています。(P.66-67から引用)

教えることと教えないことの均衡については拙ブログに考え方をまとめたので参考にしてほしい。
教えずに気づくのを待つのか、教えて気づきに足場をかけてあげるのか

もっと多くの人に知ってもらいたい

全ての部活やクラブでボトムアップ理論を、とは考えていない。トップダウンがダメとは僕は思っていないし、とても大切なアプローチだと思っている。

よくないのは、トップダウンや「やるべき」という外発的なアプローチが全てだと考えてしまうこと。選択肢を用意した上で、ミッションに照らしあわせてボトムダウンや「やりたい」という内発的なアプローチも考えていくことが重要である。

ただし、どちらのアプローチも中途半端な使い分けは難しく、どちらかを選択したら基本的にはその世界観で運用していくことで初めて効果を発揮する。しっかりと世界観を理解した上で適用できるように、プレイヤーよりも指導者がまず学びを自主的に実践することが重要であることにも気づかせてくれる一冊である。



tags ボトムアップ理論, 村松尚登, 畑喜美夫, 自主性

サッカーの育成やトレーニングの提供場面においてボトムアップ理論や戦術的ピリオダイゼーション理論が徐々に普及し始めていると聞く。

ボトムアップ理論については拙ブログのこちらの記事で紹介しているので参照してほしい。
ボトムアップ理論はプレイヤーズ・ファーストを具現化する新しい指導の形

戦術的ピリオダイゼーション理論については、『バルセロナの哲学はフットボールの真理である』(筆者のレビューはこちら)の著者オスカル氏が次のように説明している(オスカル氏の記述も別の記事(スペイン語)からの引用であるようだ)。

サッカーというゲームに内在する重要な局面やファクターを分断せず、と同時に、このスポーツに内在する不確実性をしっかりと認識したメソッド(P.40から引用)

戦術的ピリオダイゼーション理論に関してさらに知りたければ村松尚登氏のブログ「日本はバルサを超えられる」や著書『テクニックはあるが、「サッカー」が下手な日本人 ---日本はどうして世界で勝てないのか?』(筆者のレビューはこちら)を参照してほしい。

 

手放しにこれらの理論を賞賛するわけではないが、育成はいつの時代も試行錯誤だし、これらの理論はメソッドではなくメソドロジーであるという点で理論の普及そのものは喜ばしいことであると考えて良いだろう。

教えずに伸ばすのか、教えて発達を支援するのか

どちらの理論も「サッカーをサッカーとして捉える」ことを前提としており、そこに横たわる共通の理念として「プレイヤーの判断力を大切にする」ということがある。

判断力を養うためにはどうすれば良いのか。まずは、機能や目的がサッカーの本質から意図的に狭められたトレーニングではなく、試合でも適用できるプレーモデルの構築が重要テーマとなる。本質的でない場において判断のトレーニングをしても、それが試合で役立たないからである。

次に、指示をすることや教えることを控えることが重要とされるようになる。ジュビロ磐田の黄金期を監督として支えた鈴木政一氏は著書『育てることと勝つことと』の中で次のように語る。

ベンチからは大声で、「サイドチェンジ!」と指示がとぶ。すると、子どもは言われた通りに蹴る。それが、たまたまつながり、ゴールに結びついた。
「ナイス、ゴール!」。子どもは、サイドのスペースを観ることもなく、相手との駆け引きもないままに、ベンチからの声を忠実に守る。そこに子どもの判断など入り込む余地はない。
この子が上の年代のクラスにいったときに、観ることも、判断することもできないような指導をしてはいけない。ではどうすればよいか。アンダー9の段階では、自分の観える範囲で、自分で判断して、一番よいと思うプレーができれば充分である。(P.126-127から引用)

もちろん、ボトムアップ理論でも「教えるな」とは説いていないし、戦術的ピリオダイゼーション理論でもそれは同じである。目的は判断力を養うこと。そのために教えることや介入が必要であれば教えることが必要となる。

ところが、両理論が有名になってきたからこその弊害として、上辺だけが取り沙汰され、「教えないことが正しい」という伝わり方がされているように見受けられる。

この理解は完全に間違いで、村松尚登氏は小澤一郎氏との共著『日本はバルサを超えられるか ---真のサッカー大国に向けて「育成」が果たすべき役割とは』の中で次のように語っている。

まったく教えないというのは指導放棄になってしまいます。単に放置するだけでは基本の習得すらままならず、子どもの遊びの延長になってしまう危険性もある。そのためにも選手が自らトレーニングをオーガナイズできるためのノウハウの提供は必要で、もしかすると自分たちでトレーニングを組み立てる選手たちを対象とした「指導者選手講習会」の需要が出てくるかもしれません。
(中略)
私が今春まで指導していたバルサスクールでは、誤解を招くかもしれませんが「教えすぎている」と言っていい状態です。ただしそれは、ゲーム形式の練習を通じて、判断材料を与え、教育するという感じの詰め込みで、一般的なつめ込み指導とは異なると自負しています。(P.66-67から引用)

新しい指導法や理論が出てきたときには必ずといっていいほど拒絶反応を示したり意図的に批判したりする人が出てくるので、教えることと教えないことについては慎重に考え方を伝えた方がよいと感じている。

教える加減としての最近接領域

教える加減として役に立つのが、旧ソ連の心理学者であるヴィゴツキーが提唱した発達の最近接領域という考え方である。ヴィゴツキーについては、『ヴィゴツキー入門 (寺子屋新書)』が詳しい。

発達の最近接領域を僕なりの理解も含めてかいつまんで説明すると、人には、

  1. 教えなくてもできること
  2. 足場をかけ、やり方を教えてあげればできること
  3. 足場をかけてもできないこと

が存在しており、このうちの2.が発達の最近接領域と呼ばれる領域である。

要は、今できることに「近接」しており、自主的に解決できなくても助けを借りることでできるようになる領域を指す。ヴィゴツキーは、発達と教育の関係において、この最近接領域に働きかけることで発達領域を引き上げていくことが重要であると説いている。

これを数学で例えてみればこういうことである。
小学6年生に方程式の問題を出してもまだ解くことができない子どもが多いだろう。しかし、公式を教えれば解くことができる子どもが多いのではないだろうか。この公式に自ら気づけということは無理な話で、であれば解法である公式は「足場」として早めに教え、具体的な解について、あるいは応用問題については自ら考えさせるということだ。

サッカーに適用すれば、プレイヤーにはプレーの選択肢を広げてあげることでグッと伸びる瞬間が存在している。そのための足場を対話を通じてかけてあげる、といったイメージであろうか。この点においても、具体的なプレーを教えるというよりは、数学で言えば公式、つまりプレーの選択肢ややり方そのものをやんわりと指南してあげることが肝要である。



tags ボトムアップ理論, ヴィゴツキー, 戦術的ピリオダイゼーション理論, 村松尚登, 発達の最近接領域

育成年代の指導の現場でボトムアップ理論というアプローチを用いている指導者が少しずつ増え始めていると聞く。僕が携わる大人の世界の育成にもからめて、ボトムアップ理論について整理しておきたい。

ボトムアップ理論とは何か

ボトムアップ理論とは、畑喜美夫氏が提唱した、プレイヤーが主導してチーム運営を行う指導方法である。プレイヤーは練習メニューから公式戦に出場するメンバー、戦術、選手交代などをすべて自ら決定していく。指導者は必要に応じて問題提起などを対話を通じて行いながら、プレイヤーの可能性を引き出すファシリテーターとして機能する。

ボトムアップ理論を育成の現場で活用するための体系的な教材もDVD『質を上げ生徒の考える力で勝負する!畑喜美夫・ボトムアップ理論の概要と実際[DVD番号 tv09]』として発売されている。少々値が張るが、DVDを教材として非常に分かりやすくまとまっているのでオススメである。2巻組で、1巻目が理論的背景などの紹介、2巻目が畑氏と他2名の座談会となっている。

ボトムアップ理論が注目を浴びているのは、JFAが掲げているプレイヤーズファーストや、主体性や判断力の向上がこれからの育成には欠かせないといった背景がある。

試合中に監督やコーチが「プレッシャーをかけろ!」と指示をすればそれは既にプレイヤーの判断を奪っていることとなり、結果としてプレッシャーをかけたとしてもそれが自主的な行動なのか指示を守った行動なのか区別がつかない。それでは適切に判断力が向上しない。

ジュビロ黄金期の監督であった鈴木政一氏は『育てることと勝つことと』(筆者のレビューはこちら)の中で次のように語る。

ベンチからは大声で、「サイドチェンジ!」と指示がとぶ。すると、子どもは言われた通りに蹴る。それが、たまたまつながり、ゴールに結びついた。
「ナイス、ゴール!」。子どもは、サイドのスペースを観ることもなく、相手との駆け引きもないままに、ベンチからの声を忠実に守る。そこに子どもの判断など入り込む余地はない。
この子が上の年代のクラスにいったときに、観ることも、判断することもできないような指導をしてはいけない。ではどうすればよいか。アンダー9の段階では、自分の観える範囲で、自分で判断して、一番よいと思うプレーができれば充分である。(P.126-127から引用)

主体的に動け、と指示した時点でそれはすでに主体性を奪っているという笑えない話である。ではどうやって主体性や判断力を向上させるのか。

そのためにはボトムアップ理論の理論的背景について知っておく必要がある。

先に紹介したDVDでも理論的背景について触れており、例えば「全員リーダー制」「緊張感と舞台づくりが大事」といった内容について畑氏が自ら説明してくれている。しかし、指導者が興味があるのはむしろ「全員リーダー制とはいってもうちの生徒には難しい。そういった状態にすら達していない。」といった点だろう。そういった意味でDVDで示しているのは具体的な方法や事例に近く、もっと根本的な理論については触れられていない。

そこでボトムアップ理論の理論的背景について人事的な観点から2点紹介しておく。

ポジティブ・アプローチとAI(Appreciative Inquiry)

プロジェクトを進める、人を指導する、改革に立ち向かうなど、何かを実施しようとするときにどのようにアプローチしていくか。大きく分けて、ギャップ・アプローチ(問題解決型アプローチ)とポジティブ・アプローチの2つが存在する(DVDではトップダウンとボトムアップを対比して紹介しているが、ギャップ・アプローチとポジティブ・アプローチの方が理解が進むと思う)。

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ギャップ・アプローチは、まず問題を特定してから原因分析、課題解決という一般的に社会に出るとまず教わるアプローチであり、モチベーションの拠り所はどちらかというと外発的(報酬や罰則、他者からの評価など)である。

一方でポジティブ・アプローチとは、問題の特定などはせずに、強みや可能性を信じて自分たちのビジョンを実現するためにはどうあるべきか、どうなっていくかを対話を通じて探っていく創発的なアプローチであり、モチベーションの拠り所はどちらかというと内発的(好奇心や達成感といったうちから湧き出る気持ち)である。

仕事の場面ではギャップ・アプローチが蔓延しすぎている感がある。ギャップ・アプローチで会社が成長しているうちは問題がなかったが、経済成長の停滞や会社に縛られない生き方など価値観が多様化した現代では、ギャップ・アプローチだけでは立ち行かなくなってきている。

そこでポジティブ・アプローチを活かした取り組みがここ数年活発になってきている。その一つとしてAI(Appreciative Inquiry)と呼ばれる手法がある。AIは直訳すれば「称賛された探求」という一見意味がわからないものであるが、ポジティブ・アプローチを用いた創発的な取り組みと捉えれば良い。DVDでも紹介されていたミッション・ビジョンの共有はAIを用いて共有すると有効である。

ポジティブ・アプローチやAIに関しては学術的には『ポジティブ・チェンジ〜主体性と組織力を高めるAI〜』の解説が優れているが、一般的には分かりにくい。そこで『私が会社を変えるんですか? AIの発想で企業活力を引き出したリアルストーリー』がストーリーを交えて解説してくれているので入門としてオススメである。

 

私が会社を変えるんですか? AIの発想で企業活力を引き出したリアルストーリー』からAIについて解説している箇所を引用する。

これまで会社組織は、内部に抱えている問題を摘出し、それをひとつひとつつぶしていくことで百点満点を目指そうとする「問題解決型」の手法をとってきました。
その手法は、今紹介した「真価の探求」とはまったく逆の発想です。AIは、会社の問題点はいっさい追求しません。反対に、会社の持つ「良いところ」「長所」「可能性」にスポットを当て、社員一人ひとりにそれを問いかけながら引き出します。そして引き出した答えから得た会社の強みを、さらに拡張しようとするのです。
欠点ではなく美点を、失敗体験ではなく成功体験を、過去ではなく未来の可能性を見る「AI」。そのプラスエネルギーは、従来の「問題解決型」とは比べ物にならない強さを持っています。(P.195から引用)
「組織を良くするには、欠点を探しだして残らずそれを解消することだ」という発想は一見合理的に見えますが、これは「欠点のない状態」=「百点」という枠を自ら設定し、縛りつけることにつながります。
さらに不思議なことに、この「百点」は欠点を排除しても排除しても、なかなか到達できないのが現実なのです。(P.199から引用)

お仕着せの百点では逆に社員を縛り付けることになり、モチベーションもあがらなければ組織としての持続可能性も損なわれることになる。それよりも内発的な動機づけに着目した方が複雑な環境下にある現代では効果があがる可能性がある、ということである。

学習は状況に埋め込まれている

では、ボトムアップ(ポジティブ・アプローチ)で実践することがなぜ自主性や判断力の向上につながるのだろうか。

この考え方のもとになっているのが、「状況に埋め込まれた学習」という理論である。この理論は、学びは個人の認知という閉じた世界ではなく、環境や状況における生成的なやり取りにおいて発生するという考え方である。

つまり、言って聞かせたりするような限定的で閉じた場面による指導は本来的には学びではなく、自ら考えて実践行動をする必要がある環境を用意し、その環境の中でどのようにすべきかを状況に応じて考えるような一連のプロセスこそが学びであるということである。

よって、監督やコーチの仕事はプレーを細かく指示することではなく、プレイヤーが考えて判断することが推奨されるような環境を作り出すことである。監督やコーチの顔を伺いながらプレーしているプレイヤーいるようではダメで、自ら実践し、後に監督やコーチに「どうしてあの選択をしたのか」と聞かれれば明確に理由を答えられるようなプレイヤーを輩出することがひとつの目的となる。

ボトムアップ理論の今後

ボトムアップ理論は、これらのポジティブ・アプローチやAIの考え方をサッカー育成の現場に具現化したものであるといえる。DVDの様子を確認すると本当に生徒自身で練習メニューを決めたり試合に出場するメンバーを決めたりしている。このやり方で進めていけばこれこそプレイヤーズ・ファーストを真に具現化している姿だと感じた。

提唱者である畑喜美夫氏をはじめ、ジャーナリストの小澤一郎氏や指導者の村松尚登氏らがボトムアップ理論の認知を広めているので、少しずつ世にも広がっていくことになるだろう。小澤一郎氏の著書『サッカー日本代表の育て方 子供の人生を変える新・育成論』(筆者のレビューはこちら)や、小澤一郎氏と村松尚登氏の共著『日本はバルサを超えられるか ---真のサッカー大国に向けて「育成」が果たすべき役割とは』(筆者のレビューはこちら)で「教えない指導」を紹介しているので一読しておくとポジティブ・アプローチ的な育成についての理解が深まる。

 

ただ、この手の広がりは一度は誤った捉えられ方をするのが世の常である。教えないことが良い、という表面的な部分だけが拾われて、弊害を指摘する声もやがて出てくるだろう。

もちろん、ボトムアップ理論はひとつの手法であるので万能ではない。上述したギャップ・アプローチも優れている部分は多分にあり、併用していくことが望ましい。プレイヤーの発想による帰納的なアプローチだけですべてが上手くいくことはなく、演繹性やより高い視点からの指摘が必要になることもある。その理解なしに手放しにボトムアップ理論を称賛することも危うい。ファシリテーターとしての監督やコーチはきちんとした理論的背景やアプローチに関する手法などを学んでから実践すべきであろう。

とはいえ、大局的な流れを見てボトムアップ理論がこれからの指導のあり方として間違っているとは思えないし、もっと広まってほしいとも思っている。僕もそういった流れに少しでも貢献できればと思う。



tags AI, appreciative inquiry, プレイヤーズ・ファースト, ボトムアップ理論, ポジティブ・アプローチ, 状況に埋め込まれた学習, 畑喜美夫

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プロフィール

profile_yohei22 yohei22です。背番号22番が好きです。日本代表でいえば中澤佑二から吉田麻也の系譜。僕自身も学生時代はCBでした。 サッカーやフットサルをプレーする傍ら、ゆるく現地観戦も。W杯はフランスから連続現地観戦。アーセナルファン。
サッカー書籍の紹介やコラム、海外現地観戦情報をお届けします。

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