フットボールをニューサイエンスのメタファーで切り取った史上最高の解体新書。

本書はバルセロナを題材としてフットボールの真髄を科学や哲学の世界の言葉で紐解いたものである。本書で頻繁に登場する重要キーワードは相互作用、複雑性、自己組織化、再帰性といったニューサイエンスを代表する言葉であり、還元論、決定論、機械論といった17世紀のニュートン科学のキーワードを否定的に扱っている。

クライフはバルセロナのサッカーを「ボールが的確に選手間を動き続け、選手たちは頻繁にポジションを移すが、チームとしてのバランスは常に保たれる」と表現している。これは自己組織化そのものであり、福岡伸一氏の言葉を借りれば動的平衡である。

これらのニューサイエンスを理解するためには『リーダーシップとニューサイエンス』が詳しい。

ニュートン科学は、唯物論の立場でもある。人の身体的感覚で感知できるものを重視して世界を理解しようとするのだ。実在するものは、目に見え、明確な物質的形状を持つとされる。物理学の歴史では、そして今もってそうだが、科学者たちは、物質の基本的な「構成要素」、万物のもととなる物質的形状をこぞって探しつづけてきた。
ニューサイエンスとニュートン主義の決定的な違いの一つは、ニューサイエンスが部分よりも全体論を重視していることだ。システムは、システム全体として理解し、ネットワーク内の関係に注目する。(P.23-24から引用)
量子の世界では、関係がすべての決定権を握っている。原子より小さい粒子が形状として観察できるのは、何かほかのものと関係があるときだけだ。独立した「もの」としては存在しない。基本的な「構成要素」はないのだ。(P.25から引用)

この引用を読んで、「サッカーに適用できる考え方だ」と感じた方は是非本書『バルセロナが最強なのは必然である』に目を通してほしい。目からうろこがボロボロこぼれ落ちること必至である。

逆に「答えが知りたい」「要は何を言っているのか」といった解を急ぐ人には本書は向かない。Introductionにおいて著者のオスカル・P・カノ・モレノは以下のように記している。

もしも皆さまの望みが完全な結論を導き出すことであれば、本書はふさわしいものではないかもしれません。誤解を恐れずに言えば、ここに書かれていることはバルセロナの世界観を補足するだけのものにすぎず、そこに限界はないからです。 すべての知識、それは未完成なのです。(P.20から引用)

サッカーは要素還元主義ではない。ポイント化することはできないし、ひとつひとつのプレーを切り離して考えることは無駄である。メッシが11人いれば勝てるものでもないし、「こうすれば絶対に勝てる」という必勝法も存在しない。そこに存在するのは「自己組織化」「相互作用(バランス)」というメタの視点における理のみである。これらは現代の経営学における組織論でも同様のことが語られており、『最強組織の法則―新時代のチームワークとは何か 』の著者であるピーター・センゲは学習する組織の重要な考えとしてシステム思考といったホリスティック(全体論的)アプローチを挙げている。

本書はまずPart1としてバルセロナのフィロソフィーを解明するために、ニューサイエンスの説明にページを割いている。ニューサイエンスが一般に受け入れられにくい理由のひとつは説明が長くなってしまうことにある。それは本書も避けて通れず、約140ページを使って説明している。ただ、章や節にトピックを分散しているので長いと感じることはない。むしろこれまでのサッカー書籍で語られてこなかったことの連続でどんどんと引き込まれていく。

次にPart2としてバルセロナのプレーモデルを紹介しているのだが、こちらは80ページ程度で具体的なプレーの説明のほうが短いという衝撃の内容となっている。ただ、Part1をきちんと読んでいればその時点でプレーモデルの大半は理解したも同然であり、Part1を理論的、抽象的な説明、Part2を具体的な説明と捉えることもできる。

筆者はポゼッションサッカーの中核は自然科学やニューサイエンスのメタファーで説明できると思っているが、それでも常に疑問に思っていることがある。それはサッカーにおけるフィニッシュという概念をどのように取り扱うか、ということである。経営における組織にはフィニッシュは存在しないし、動的平衡で保たれる人間のタンパク質にもフィニッシュは存在しない。つまりこの「ゴール」という概念については科学性で説明できない部分であるということである。経営学者ヘンリー・ミンツバーグは経営を「クラフト(経験)、アート、サイエンス」であると説いているので、もちろん経営にもアートが担保する部分が少なからず存在するということなのだが。ゴールの概念を何かのメタファーや与し易いレトリックで表現できないものか、本書にも期待していたが本書における説明は「フィニッシュの準備ができているプレイヤーにパスを出す」というものであった。本書に言わせればひとつひとつのプレーに本質はなく関係性の中にこそ意味があるものなのでフィニッシュだけを切り出すこと自体がバカげていることなのかもしれない。

いずれにせよ本書は組織論、経営学、自然科学などの領域をサッカーと融合させた最高の傑作であると惜しみない評価をしたい。



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