スタジアム観戦の愉しさを伝えるストーリーテリング。

本書は、著者である中村慎太郎氏が2013年10月5日に初めてJリーグを観戦してから3ヶ月間の間に起こったスタジアム観戦やファン同士、サポーター同士の交流を綴った冒険譚である。

ことの始まりは中村氏がJリーグ初観戦の感想を「Jリーグを初観戦した結果、思わぬことになった」というタイトルでブログに書いたことによる。

本書にもあるように、このエントリーはサポーター界隈で大変な話題となった。

その記事が大変な反響を呼び、アクセス数は2日で10万を越えた。そして、Jリーグクラブのサポーターという人達が突然たくさん現れて、メール、Twitter、Facebookなどを通じてぼくに話しかけてきた。(P.25から引用)

それからあれよあれよという間に中村氏はJリーグという物語の渦に巻き込まれ、あるいは自ら渦の中に飛び込んでいくこととなる。

ストーリーとしての完成度の高さ

本書を読んで感じたことは「Jリーグへ誘う至高のストーリーテリングである」ということ。

ストーリーは共感を生み出すための効果的なメソッドで、ビジネスの世界でも最近特に注目されている。ビジネスにおける競争戦略にストーリーの視点を持ち込んだ楠木建氏の『ストーリーとしての競争戦略』から引用して、本書『サポーターをめぐる冒険』を斬りとってみたい。

ストーリーであることの要点はいくつかあるが、『サポーターをめぐる冒険』がストーリーとして完成度が高い点を3点挙げたい。

1.時系列で書かれていること

『ストーリーとしての競争戦略』には次のように書かれている。

戦略の構成要素そのものよりも、そのつながりに注目しているという点で、ストーリーの戦略論はビジネスモデルの戦略論と似ています。ただし、大きな違いが一つあります。それは、ビジネスモデルが戦略の構成要素の空間的な配置形態に焦点を合わせているのに対して、戦略ストーリーは打ち手の時間的展開に注目している、ということです。(P.451から引用)

ストーリーとは「違い」を語るものではなく「つながり」を語るもの。そのため、時系列に徐々につながりが育まれていく様子が語られなくてはわかりにくいものとなってしまう。『サポーターをめぐる冒険』は見事に時系列に書かれており、中村氏が徐々に選手の名前やチャントを覚えていく様子が克明に描かれている。


2.短く言えることを長く言っていること

ビジネスの世界に身をおくと「要点は何?」「箇条書きで分かりやすく書いて」「結論から言って」など、前後のつながりを無視した「静止画」だけを求められる。ここから生まれるのはジャッジメンタルな姿勢であり、「あれは間違っている」「もっとこう言えばいいのに」「何言ってるかわからない」という思いがどうしても脳裏をよぎってしまう。

しかし、ストーリーとは「静止画」ではなく「動画」である。要点で語ることはできないし、つながりを大切にしているため、どうしても話が長くなる。

『ストーリーとしての競争戦略』には次のように書かれている。

従来の戦略論には「動画」の視点が希薄でした。戦略のあるべき姿が動画であるにもかかわらず、その論理を捉えるはずの戦略「論」はやたらと静止画的な話に偏向していたように思います。
(中略)
特定の文脈に依存した因果論理のシンセシス(筆者注:綜合)である以上、戦略はワンフレーズでは語れません。ある程度「長い話」にならざるをえません。(P.44から引用)

だから、『サポーターをめぐる冒険』の愉しさは筆者もうまく伝えることができない。短く言えることを長く言うことに価値があるので、要点だけを伝えても真価は伝わらない。とにかく読んでみてほしいというのが本音である。


3.どこにでもいるサポーターを扱ったこと

インパクトのある内容にしたり、物語「性」を大事にしようとすると、どうしても特徴的なシーンや目立つ人に焦点をあてざるを得ない。しかし、こういった尖った焦点は「すごい」「憧れ」といった印象を残すものの、ストーリーが本来持つ力である「共感」には向いていない。なぜなら、尖った焦点では多くの人はそこに自分を照らし合わせることができないからである。

『ストーリーとしての競争戦略』には次のように書かれている。

独自性を追求するあまり、あからさまに「尖った」顧客をターゲットにしてしまうと、筋の良いストーリーはつくれません。どんなコンセプトでも、それが心に響く顧客は世の中のどこかに必ずいるものです。しかし、それがあまりにマニアックであれば、ごく特殊なニッチに押し込められてしまいます。
(中略)
コンセプトを固めるときは、あくまでも「普通の人々」を念頭に置き、普通の人々の「本性」を直視することが大切です。(P.436から引用)

『サポーターをめぐる冒険』が世に出たとき、多くのサポーターが口にした言葉が「私がいる!」であった。この感覚がストーリーとしての臨場感につながっているのである。

素晴らしいストーリーは共感を呼び起こす

『サポーターをめぐる冒険』はまさに等身大のストーリーであり、市井のサポーターのみならずJリーグをまだ観に行ったことのない人も「自分ごと」として捉えられるように仕上がっている。

「自分ごと」とはビジネス用語では当事者意識のことであるが、この感覚や意識を持つことができるかどうかはビジネスにおいても趣味においても大切なことである。博報堂大学による『「自分ごと」だと人は育つ』では、「自分ごと」の状態について次のように記している。

「自分ごと」とは、いわゆる「主体性」です。通常「自分ごと」と聞くと、この言葉を思い浮かべる人が多いでしょう。打ち合わせや資料作成でも、常に自分の頭で考えて発言し、人に指示されなくとも、やるべきことを見つけて前に進めるための行動を取るという状態です。(P.53-54から引用)

人を行動に掻き立てることはなかなかに難易度が高いことであるが、『サポーターをめぐる冒険』はストーリーを通じて「自分ごと」に捉えてもらうことで主体性を引き出すことに寄与している。ストーリーテリングは創発型のアプローチで主体性を引き出すことを目的としている確立されたメソッドであるが、本を通じてそれができているという点がすばらしい。

また、別の言葉を使えば「自分ごと」に捉えるということは、ある対象について共感や好意を抱いている状態とも言える。

横浜Fマリノスの嘉悦社長もインタビューで言っているように、スタジアム来場者を増やすためには「認知→理解→好意→購入意欲→購入→リピート」という流れの中の歩留まりをよくすることが重要である。「自分ごと」に捉えることは、すでに3段階目の「好意」に到達していることを意味し、Jリーグへ誘うという意味で本書がもたらした貢献は非常に大きい。

特定のクラブを好きになるということ

イベントとして、Jリーグ観戦の等身大の物語を共有するストーリーテリングのイベントなど開催できれば面白いかもしれない。もちろん、Jリーグ観戦未体験者や、行ったことはあるけど数年に1回程度という人が来なければ仕方ないので集客が難しいけれど。

Jリーグに誘うという意味では、ストーリーテリングは傾聴と共感のメソッドだから向いていると思う。

前回のエントリーが特定のJクラブサポーターになれないボクなんていう盛り下がる戯言を書いておいてなんだけど、やっぱり特定のクラブを応援するのは良いことだと思う。中村氏もこのように言っていることだし。

サッカーはどちらかのチームに肩入れして「応援者」となる方が楽しめる気もする。(中略)サッカー観戦を楽しもうと思ったら、サポーターになって、物語の登場人物になるのが一番なのかもしれない。(P.164から引用)

IMG_1540.jpg
2014年5月3日 浦和レッズVSFC東京@埼玉スタジアム2002にて筆者撮影



tags Jリーグ, サポーターをめぐる冒険, スタジアム観戦, ストーリーテリング, 中村慎太郎, 共感, 自分ごと