バルセロナの勝者のメンタリティは如何にして培われたのか。

本書はグアルディオラやビラノバ、メッシ、シャビ、イニエスタをはじめとするカンテラ育ちの選手のインタビューを通じ、バルセロナの育成の哲学を学ぶことを主眼に置いている。技術面や練習のメソッドなどは一切登場せず、サッカー選手として、そして一人の人間としての人格形成まで包含したメンタリティの涵養がテーマである。

本書でたびたび登場するのが若年層における「勝利か育成か」という哲学的な問いだ。目先の勝利を優先すると結果として早熟な子どもを出場させたりフィジカルを押し出したサッカーをしたりと、長期的な育成の視点が損なわれる。一方で育成を優先するとなかなか試合に勝てず、勝つことを通じた喜びや学びが伴わない可能性がある。

日本の高校生世代においても同様の論争が湧き上がったことがある。小峰忠敏監督率いる国見高校がフィジカルを全面に押し出したサッカーで2000年代前半の高校サッカー界を席巻していた。大久保嘉人、平山相太らが日本一に輝いた時代である。

ちょうど同じ時期、日本サッカーは劇的な進化を遂げ、98年W杯初出場から2002年自国開催によるW杯初勝利、そして中田英寿や中村俊輔のような非凡なパスセンスをもったプレイヤーを中心としたポゼッションを伴うサッカーを世論としても志向し始めていた時期でもあった。

そんな中議論の的となったのが国見高校のサッカースタイルの是非である。しかし小峰監督の答えは実に明快であった。

「勝ってから反論してください。」

パスサッカーがそんなにも素晴らしいものであるのであれば、まずは勝ってみてくださいということだ。痛快である。小峰監督の中には勝つことでしか学べないことがあるという信念があったのだろう。
(しかし時代の流れには逆らえないのか、2006年の野洲高校(乾貴士が2年生として出場)や2008年の流経大柏(大前元紀が出場)の優勝とともに、高校サッカー界もパスサッカーを志向する時代へと突入していく。)

バルセロナの哲学は、小峰監督の考えに近い。つまり、勝利と育成は反する概念ではなく、勝利の中に育成が包含されているという考え方だ。

グアルディオラやビラノバはそろって勝利と育成は両立できるものであると言っているが、その言葉の中には勝利こそが育成の近道であるというニュアンスが含まれている。

グアルディオラ「勝つことは優れた育成と両立できる。若い頃からしっかり教育する良い方法は『力を出し切って勝つ』ということに慣れさせることだ。
(中略)
要するに、しっかりやるべきことをやりながら常に勝利を目指すことの大切さを子どもたちに教えることが重要だ。」(P.63-64から引用)
ビラノバ「バルサのカンテラでは常に勝たなければならない。この勝者のメンタリティーはカンテラの若者がトップチームに上がった時に効果を発揮する。」(P.64から引用)

彼らの考えは、仲間や指導者、対戦相手をリスペクトして全力で戦い、バルサの哲学を守った形で勝つことそのものが育成であるということである。ここから読み取れるのは、「育成を優先すれば勝利は二の次でもよい」という考えは甘えであり逃げであるということだ。志向するサッカーはクラブ(や学校)の哲学に沿えばよい。なにより大切なことは、その哲学に則りながら勝つことで勝者のメンタリティを養うことであり、それこそが育成に他ならないとバルセロナは教えてくれる。

また、プジョルやシャビ、イニエスタ、メッシらのインタビューから、如何にしてバルサの哲学が養われていったのかの過程を選手目線から追いかけることができる。

ルイス・エンリケ、アモール、マジーニョなどバルセロナで活躍した往年の名選手も登場(さらに昔の選手も多数登場するが恥ずかしながら僕は知らない選手ばかり)し、古残のファンも懐かしながら楽しめる内容となっている。



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