躍動感あふれる近未来フットボール小説。

ときは2029年。5年前に勃発した世界同時内戦は収束の兆しを見せていたものの、まだ各地では紛争の火種がくすぶっている。日本も例外ではなく、地域の往来にパスポートの提示を余儀なくされるなど混乱が続いていた。

フットボール界では翌2030年に大きな変化が2つ訪れようとしていた。
1つは、クラブ主導の世界大会「ゲオ・グランデ」の新設。日本からこの大会に参加できるのはリーグ1位のみ。そして1位のクラブは同じく新設される協会組織である「スターボール連盟」の議決権を得ることができる。上位クラブにとってリーグ優勝はこれまでと違った重みを持つものとなる。

もう1つは、日本のフットボール界に新設される「プレミアシップ」。現状の1部に相当するディヴィジョン1(20チーム)の上位14チームが初年度のプレミアシップへの所属が許される。実質下位6チームが翌年度は2部相当となるディヴィジョン1に「居残る」ことになり、中堅クラブにとっては死活問題となる。

父親の遺言で急遽東京湾岸地区の貧乏クラブ「銀星倶楽部」の社長となった群青叶(ぐんじょうかなえ)は、同じく東京を本拠地とするメガクラブ「インテルクルービ」から様々な圧力をかけられていた。姉である奏(かなで)を専務として登用したインテルクルービの本当の目的は何なのか。銀星倶楽部は経営破綻せずにプレミアシップ参加条件の14位以内を確保できるのか。

クラブ経営から監督目線の戦術論、ピッチレベルで起こる試合の描写までフットボールの醍醐味を余すことなく盛り込んだ近未来フットボール・フィクション。サイドストーリーとしての群青叶の恋の展開もお楽しみ。

マイクロスポンサーの仕組みを利用して刊行

もともと本書を知ったきっかけはツイッターで流れてきたミライブックスファンドというマイクロスポンサーの触れ込みだった。

『エンダーズ・デッドリードライヴ』というフットボール・フィクションを上梓したい。すでに構想はできている。しかし資金が足りない。そこで少額でも構わないので応援してくれる人からの援助を募集、という内容。
ミライブックスファンドのエンダーズ・デッドリードライヴのプロジェクトページ


故・野沢尚氏の『龍時』シリーズ以降、魂が揺さぶられるようなフットボール・フィクションに出会っていないこともあって、期待を込めて筆者も援助を決意。目標金額は15万円とのことだったが、287500円も資金が集まりめでたく本書は日の目を見ることとなった。

15万円を超えた分は広報活動にまわすとのことで、公式サイトも充実の出来栄え。また、youtubeにも本書の公式PVが存在している。


ちなみに筆者の手元にある本書は支援特典としていただいたもの。著者の後藤勝氏のサイン入りで、巻末にはSPECIAL THANKSとして筆者のハンドルネーム「yohei22」も掲載いただいている。

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著者の後藤氏はトーキョーワッショイ!プレミアムというFC東京を応援するサイトを運営し、サッカーの取材を続けるジャーナリストという立場であるが、そういった方でもフットボール小説の刊行のためには出版社が無条件でGOを出してくれないというのは厳しい現実。ぜひ本書が売れて続編が生まれたり、別のフットボール・フィクションが対抗馬で出てきたりと、そういった起爆剤になってほしい。

フットボール界の問題をさりげなく散りばめた間接的な問題提起

物語は主人公・群青叶の一人称で進んでいく。社長業に就いたこともあり、小説の多くは経営に関する諸問題とその解決への奔走に割かれている。

スタジアム問題、育成への投資、女子部門の保有、外資の受け入れ、など実際にクラブ経営に携わっている人が読めば頭を悩ませているうような話題に事欠かない。小説ではそれぞれ偶然も手伝って解決していくので「現場はこんな簡単にいかない!」という批判もあるだろうが、そこはご愛嬌。個人的にももう少し重層感を持ったプロットを敷いてほしいとは感じたが、長編小説は初とのことなのでこれからに期待。

フットボール界の話題には一見関係なさそうな世界同時内戦という時代背景も、インテルクルービの本当の目的が明らかになるにつれて欠かせない舞台設計だったと気付かされる。疑問の氷解と並行して、少しずつフットボール・フィクションが持つ重要な役割について考えさせられた。

フィクションが持つ2つの役割

エンターテイメントという側面は当たり前として、本書を読んでフットボールというジャンルにおけるフィクションが2つの役割を持っていると感じた。

1つ目は、コンテクストを含んだ著者の意見の表明の場として。

小説内で、著者の意見を主人公・群青叶の口から明確に発している場面がある。とある試合の前のドレッシングルームにて。

「この何ヶ月かでぼくが痛感したのは、フットボールクラブの主役はやっぱり選手だということなんだ。クラブの精神をいちばんわかりやすく伝えるのは選手のプレーだ。どんなにぼくらビジネススタッフが言葉を尽くすより雄弁で、みんなが試合を終えたときにすべてを出しきった表情のほうが、ファンにはよく伝わるんだよ。キックオフからタイムアップの笛が鳴るまで、ボールを自分たちのものにして、表現することだけを考えよう」(P.276から引用)

この言葉だけでも想いがこもっているが、小説という文脈に乗せることでさらに言葉が生きたものとなる。試行錯誤した末に辿り着いた結論だということが読んでいればすごく分かるので、説得力がある。僕は、これは後藤氏の強いメッセージだと受け取った。フィクションは、ストーリーという共感する仕立てを作り上げることができるとても優れたジャンルなのだ。

2つ目は、壮大な思考実験として。

今後、現実世界で本当に内戦が勃発しないとも限らない。外資の参入(50%以上の出資)が許可されるかもしれない。クラブ名に地域の名称を冠さなくても良くなるかもしれない。AFCやUEFAなどの協会の力が弱まり、クラブ主導の世界大会が本当に開催されるかもしれない(※)。

そういったことが起こったならば、一体我々は事態をどのように受け止め、どのように考え行動するべきなのか。ミクロレベル、マクロレベルでどのような意識の変化が起こるのか。本当に本書のような時代背景であれば、僕は、そしてあなたは、インテルクルービ派だろうか。それとも銀星倶楽部派だろうか。とても考えさせられる。その壮大な思考実験の場として、フィクションが果たす役割は大きい。

『龍時』はピッチの上での戦いを克明に描写し、フットボール・フィクションの新ジャンルとして一時代を築いた。しかし悲しいことにもはや『龍時』の続編が出ることはない。

『エンダーズ・デッドリードライヴ』はクラブ経営までを含めたフットボール界の戦いを描写した新たなフィクションとして、今後さらに磨きをかけてほしい。続編出れば、もちろん買います。


(※)ちなみにヨーロッパのスーパーリーグ構想は過去に何度も実現しそうなところまで話が進んだが、結局はUEFAの反対により実現していない。クラブとUEFAの戦いの歴史は『チャンピオンズリーグの20年』(筆者のレビュー)に詳しい。

  



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