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タグ「日本代表」の一覧

ご存知の通り日本は2014ブラジルW杯でグループリーグ敗退。1分2敗の勝ち点1、得点2に対し失点6という数値は「惨敗」という表現を使って異論ない結果だろう。

これでザッケローニ体制の4年間のプロジェクトは幕を閉じた。筆者は日本のグループリーグ3試合をすべて現地で観戦し、少なからずショックを受け帰国の途についた。ただ、コロンビア戦の敗退から2週間が経ち、時間という薬が少しずつ敗戦のショックを和らげてくれていることを実感しつつある。この4年間の総括をして次につなげようという巷の流れに徐々に乗っかっていこうと思う。

IMG_1825.jpg 2014年6月24日 日本VSコロンビア@アレーナ・パンタナールにて試合終了後筆者撮影

自分たちのサッカーという曖昧さ

どうやら日本サッカーを取り巻く空気は「自分たちのサッカー」なんて糞食らえ、のようである。日本が基準としているプレーモデルについて具体的な言葉を使わず、「自分たちのサッカー」という曖昧な表現が席巻していたため、「何それおいしいの?」という揶揄に火がついたようだ。

そこで筆者なりに「自分たちのサッカー」とは世間的にどのように理解されていたのかの整理を試みたい。そのためにはサッカーという競技における次の特性を踏まえる必要がある。

サッカーには、ボールを保持している攻撃の状態、ボールを保持していない守備の状態、その移り変わりの瞬間であるトランジションの状態の3つの状態が存在し、それぞれが排他的な状態として成立している。また、トランジションについてはボールを奪った瞬間のポジティブ・トランジション(ポジトラ)、ボールを失った瞬間のネガティブ・トランジション(ネガトラ)に分けられる。

現代サッカーにおいては、トランジションを活用する/活用させないことが試合の鍵を握っている。このあたりは『アンチェロッティの戦術ノート』が詳しいので引用しておく。

サッカーにおいて、攻撃と守備という2つの局面は、例えばアメリカン・フットボールや野球のようにはっきりと区切られているわけではなく、常に入れ替わりながらゲームが進んでいく。そして、プレーの展開が最も不安定になり、コントロールを失いやすいのは、まさにこの2つが切り替わった瞬間である。

組織的な守備が発達し、一旦相手が守備陣形を固めてしまうとなかなかそれを崩すことが難しくなる現代サッカーでは、攻守が入れ替わる一瞬に生まれる「戦術的空白」を攻撃側がどれだけ活かせるか、そして守備側がいかにそれに対応するかが、非常に大きなテーマになっている。

近年の戦術をめぐる議論では、この攻守が切り替わる瞬間に焦点を絞って、移行、転換といった意味を持つトランジション(イタリア語ではトランジツィオーネtransizione)という用語が使われるようになっている。(P.65-66から引用)

さて、ここで「自分たちのサッカー」である。

日本が「自分たちのサッカー」というとき、これはボールを保持している攻撃の状態(ポゼッション時)における振る舞い方を指している。試合の多くの時間においてボールをポゼッションし、その状態において相手を揺さぶりながらときにリスクをおかすプレーを選択し相手の陣形を崩して得点を目指す、そういった一連のプレーを指していると思われる。

コンフェデのイタリア戦は敗戦であったものの、「自分たちのサッカー」ができていたという意見は大勢を占めるはずである。ではイタリア戦で「自分たちのサッカー」が体現できていたのはどのようなプレーから想起されるかと問われれば、試合終盤に圧倒的にボールを支配してイタリアを押し込んでいたときだろう。

ここでミソとなるのは、非ポゼッション時やトランジション時の振る舞いは「自分たちのサッカー」には含まれていないということである。

つまり、ポゼッションができないと「自分たちのサッカー」は発動できない。

そのため、日本は必然的に強豪や格上相手にポゼッションで上回られると、「自分たちのサッカー」をしていない、あたかも戦う気持ちすら失ったように見えてしまうのである。

コスタリカのサッカーは非ポゼッションとポジトラにあり

翻ってコスタリカである。死のグループと呼ばれたグループDにおいてイングランドとイタリアを差し置いて決勝トーナメント進出。それも1位抜けである。決勝トーナメント1回戦ではレシフェの地にてギリシャとPK戦を演じ、見事にベスト8進出。大会前の親善試合で3-1で勝利を収めた相手ということを考えれば、何ともやりきれない気持ちになる。

そのコスタリカはベスト8でオランダと対戦し、死闘の末に0-0のPK戦にまで持ち込むことに成功。PK戦ではファン・ハールの「PK戦要員GKクルル」の奇策の前に惜しくも敗れたが、その健闘に世界中から拍手喝采であったことは記憶に新しい。

さて、コスタリカはなぜここまでの「名誉」を手にすることができたのだろうか。

その理由は、コスタリカの「自分たちのサッカー」にある。

コスタリカのサッカーは、相手にポゼッションさせ、それを巧みなラインコントロールと5バックによって固めたブロックで守りきり、あわよくばカウンター(ポジトラ)で得点を取るということを目指している。

つまりコスタリカは相手が強ければ強いほど、同時に「自分たちのサッカー」を発動できるのである。「自分たちのサッカー」によってオランダ相手に幾度のピンチを凌ぎ切り、最後はPK戦にまで持ち込むことができた。当然「出しきった」と見えるし、健闘の末に敗れた勇気ある敗者と映ることだろう。

なにも筆者はコスタリカのサッカーを否定しているわけではない。5バックでラインコントロールをすることや、いくら引いて守っているとはいえ競合相手に少ない失点でおさえることが難しいことは知っている。ただ、日本とは目指す試合運びが大きく異なっていたということは間違いない。

我々はこの4年間、守り切って勝つサッカーを志向してきたのか

断じて違うだろう。

4年前の南アフリカではアウェーのW杯における初勝利や初のグループリーグ突破といった経験をすることができた。しかしそのプレーモデルは必ずしも我々が期待するようなものではなかった。

では南アフリカを受けてこの4年間我々はどのように過ごしてきたのか。ザッケローニの選択はいわゆる現在の我々の共通認識である「自分たちのサッカー」をするという我々が歓迎する内容であった。それを我々は幸福な4年間として享受してきたはずである。その証左として、この4年間でアジアカップを制し、東アジアカップを制し、韓国には一度も負けていない。こんな素晴らしい4年間がこれまでにあっただろうか。

コスタリカは確かに素晴らしかった。そこに異論はない。ただ、コスタリカの姿を見て「素晴らしい去り方」と捉え て日本も見習うべき、という論調には筆者は同意できない。

これからの4年間を過ごすにあたって

これまで通りの「自分たちのサッカー」は貫いてほしいとともに、もはや世界のサッカーは「なんでもできないとダメ」の様相を呈している。当然、ポゼッションが思うようにいかないときもあるだろう。そんなときに、トランジションを活用するサッカーができるか。次の4年間で追求していくべきひとつのテーマであろうと思う。

また、ポゼッションを志向するプレーモデルの選択は、アジアという特性も少なからず影響している。日本はアジアでは無双を誇っており、必然的にポゼッションする時間が多くなる。ドン引きしてくる相手に勝つために、日本はある程度ポゼッション志向のサッカーを少なくともアジアでは展開する必要がある。

このアジアという地理的特性を、我々は歓迎すべきであるし、おおいに活用すべきである。

コスタリカやギリシャなどがなぜポゼッション志向ではないのか。それは、W杯予選にひしめく強豪たちとの激戦を勝ち抜くために、ポゼッション志向を選択する余裕がないためである。予選を勝ち抜くための知恵として、長いことをかけて国民にも刷り込まれていったプレーモデルが引いて守ってカウンターというサッカーなのである。

日本は、少なくとも現時点では、プレーモデルを選択することができるという幸運に恵まれている。

J2でプレーモデルを確立してJ1昇格1年目で優勝した柏や広島のように、我々にはポゼッションを公式戦を通じて確立する時間が与えられている。これを活かさない手はない。

まだ次なる監督は定まっていないが、また4年間楽しい冒険をさせてくれる監督であることを切に願う。ロシアの地で「自分たちのサッカー」で歓喜をあげられるように。



tags コスタリカ, ザッケローニ, トランジション, ポゼッション, 日本代表, 自分たちのサッカー

御託はいいから一度呼んでよ、というのが本音ではあるのですが。

国内組で臨むことが明言されていた東アジア選手権の代表メンバーが本日(2013年7月15日)発表された。豊田、工藤、大迫、おおいに結構である。今後の日本代表を背負って立つ可能性を秘めた選手たち。活躍を期待したい。

しかし、しかしである。ああ、佐藤寿人。ついぞ、このタイミングでも招集されず。Jリーグで活躍しつつ、普段から代表に呼ばれていないメンバーで今回の東アジア選手権に呼ばれなかったということは、今後ザッケローニに招集されることはないと言ってよいだろう。代表としての活躍は絶たれたといって過言ではない。ああ、半ば予想していたこととはいえ、なんたることか。日本という国はついぞこの稀代のストライカーを活かすことができなかった。

とはいえ、僕はザッケローニの考えもある程度分かっているつもり。佐藤寿人を呼んでほしいというのは、冷静に考えれば矛盾しているし、単なるわがままに過ぎない。なぜザッケローニは佐藤寿人を呼ばないのか。それを整理しておきたいと思う。

怒られるかもしれないし自分で書いていて歯がゆいが、端的に言って呼ばれない要因は身長。もう少し言えば、身長からくる攻撃のプレースタイルの不一致、セットプレー守備時のデメリットの2点である。

身長からもたらされる非優位性 攻撃編

佐藤寿人のサッカー人生は、170センチというストライカーとしては決して大きくない身長との戦いの連続である。『小さくても、勝てる。』(筆者のレビューはこちら)という著書のタイトルにもその決意が表れている。

著書の中に、このような記述がある。

何度も繰り返しているが、僕は身長が低い。
ズラタン・イブラヒモビッチのように中央でどっしりと構え、味方のクロスを待っていても、身長170センチの自分が普通に競り合えば、間違いなく弾き返されてしまう。それだけに僕の場合はペナルティボックスの中でいかにスペースを作り出し、いかにシュートコースを開け、いかにシュート体勢に入るかが重要になってくる。(P.91から引用)

ここで重要なのは、佐藤寿人はやはり生粋のストライカーであり、最後は自分が決めるというイメージを重視しているということである。自分が決めるために、小さくてもできることは・・という順番が伺えるし、本書の中でもエゴイストであれと自ら謳っている。

一方でザッケローニは、必ずしも1トップの選手にフィニッシャーとしての期待をしていない。もちろん、かつてのビアホフのようにサイドアタックからドカンを想定はしているだろうが、日本人にそこまで期待できないことも理解しているだろう。1トップの選手はあくまで「崩しの一員」であり、中央に構えるため必然的に体格で相手を押さえつけられるようなフィジカルが重視されることとなる。そして香川や岡崎をFWとして登録しているように、彼らこそが実はフィニッシュを期待されている要員とも言える。

崩しを考えたときに、どうしても1トップにはポストプレーが期待されるような戦い方をしており、それは佐藤寿人のプレースタイルとはマッチしないと、そういうことなのだと思う。

身長からもたらされる非優位性 守備編

サッカーキングに掲載されている岡田康宏氏のコラムザックジャパンの新戦力に求められる「高さ」が分かりやすいが、特にセットプレーの守備時に日本は高さが足りないのである。高さという目をつむっても起用したいと思わせるくらいのメンバーが既に存在し、それは長友、香川、遠藤である。そもそも香川はセットプレー時には守備に入らず、1人だけ前線にポジショニングをしている。それだけで相手はカウンターを警戒しなければならないので、十分に「守備」としての機能は果たしているかもしれないが。長友、遠藤もすでに日本には欠かせない主力である。となると、残りのメンバーには必然的に高さが求められ、それは内田篤人ですら例外でなく、酒井宏樹をちょくちょく使っているのは高さという理由があるからに他ならない。ましてや、本田が不在という事態になればさらなる高さ不足は深刻で、1トップ人材がセットプレー守備時に果たす役割がバカにできないのである。

先日のコンフェデ準決勝のスペイン対イタリア戦において、スペインは攻撃時に必ずしも機能しているとは言いがたかったフェルナンド・トーレスをずっと交代させずに使い続け、延長に入っていよいよ交代というときに代わりに入ったのがなんとボランチのハビ・マルティネスでド肝を抜かれたことがある。しかもハビ・マルティネスはそのまま1トップに入ったのである。ビジャがまだベンチに控えていたのに、である。

この意図について試合後、デルボスケ監督はこのように語っていた。

「ハビ・マルティネスの寛大さと献身さは際立っていた。我々はフィジカルの強い選手を必要としていた。また、高さで負ける訳にはいかなかった。彼はチームに新鮮な活力を与えてくれた」
「我々は空中戦で苦しみ続けていたので、あれ以上高さで負ける訳にはいかなかった。それゆえ、ゴールゲッターよりもフィジカルの強い選手を必要としていた。そういった意味で、自陣のペナルティエリアから敵陣のペナルティエリアまで、あらゆるポジションで強さを見せられるハビ・マルティネスは、あの場面で最適な選手だと考えた。事実、彼はチームに新鮮な活力を与えてくれた」(スペイン代表指揮官、イタリア戦でサプライズ起用 | サッカーキングより引用)

スペインでさえ、ここまでセットプレーの守備には気を揉んでいる。それくらい大事な要素ということだ。

また、アンチェロッティは『欧州サッカー批評(5)』のインタビュー(PSG監督就任時)において、バルサ対策を以下のように語っている。(現在は【ロングインタビュー】カルロ・アンチェロッティ、勝者の戦術論(前編) | フットボールチャンネルでも読むことができる)

いずれにせよ、今のバルサと対峙するには彼らが備えていない部分で勝負すべきだ。それは"kg"と"cm"。つまりはパワーと高さ。ここにより多くの比重を割いた戦い方を実践しなければならない。(P.5より引用)

これはバルサ対策ということなので普遍化できる話ではないが、やはりバルサのティキタカに全世界が傾いた時代から少しずつフィジカル重視の時代に揺り戻しが発生しているてことは確かである。実際、バルサはバイエルンの高さ(だけではないけれど)の前になすすべなく敗れさっている。

このような状況で、果たしてザッケローニが170センチの佐藤寿人を1トップで起用するかといえば、難しいと言わざるを得ない。事実、東アジア選手権に呼ばれた1トップ候補の選手たちは豊田陽平185センチ、大迫勇也182センチ、工藤壮人177センチである。工藤の身長は決して高くはないが、佐藤寿人170センチに比べればずいぶん高いし、フィジカルも弱い選手ではない。身長が低くても1トップに入るためには、長友や香川くらいの優位性を代表にもたらさないと難しいということである。

しかしそれではなんとも切ないではないか・・

身長の低さゆえに身につけたプレースタイルでJリーグで得点を量産しても、代表には身長ゆえに選ばれることがない。この如何ともし難い状況、どうにかならんのか・・。Jリーグで10年連続2ケタ得点、ハンパなストライカーでは成し得ないでしょう。

佐藤寿人は自著の中でも、このように記している。

現役選手である以上、日本代表は目指していく。(P.170から引用)

どうにか、佐藤寿人に一度チャンスを与えてあげたい。矛盾しているしワガママだけど、誰かどうにかして一度で良いからこの不屈のストライカーにチャンスを与えてあげることができないのだろうか。



tags 佐藤寿人, 日本代表, 身長


9人の賢者による本田と香川のシナジーを最大限に引き出すための提言。

敵地ヨルダンにて苦杯をなめたことで世界最速でのW杯への切符は6月へ持ち越しとなったが、ザックジャパンは歴代最強との呼び声が高い。そのザックジャパンの幸せな悩みの筆頭が本田と香川をどのように使い分けるのか、という問いだ。大御所から新進気鋭まで含めたサッカージャーナリストたちが本田と香川の正しい使い方について持論を展開しているのが本書である。

9人共に考察のベースとなる事実情報については認識は共通

まず、本田は強靭なフィジカル、香川はアジリティに優れて、お互いに得点を奪う能力に秀でている選手であるということ。そして2人の関係は当然2人だけの関係性に留まるはずがなく、特に日本が現有するFWの選手(現状では前田)の能力と切っても切り離せない関係にあること。

これらは特別なジャーナリストでなくとも同じような印象を持つことだろう。そして結論としての共存のさせ方も、各論は違えど総論は似ている。

スペシャルなFWを日本は用意することができるか

フィジカルに優れ、外国人の屈強なDFを相手にしてもボールをおさめることができるスペシャリストとしてのFWがいるのであれば、その人物をFWに用いて本田がトップ下、香川が左という考え方が大勢だ。現状では前田という認識だが、年齢、怪我がちのコンディション、能力面などを鑑みて物足りなさを感じているのも事実。

そういったFWがいなければ、もしくは怪我やサスペンションで欠くこととなれば、本田がFW(もしくは偽の9番)という考え方もおおいにあり得る。その伏線となっているのが2012年10月のブラジルとの親善試合における本田の1トップ起用である。前田を怪我で欠いたとはいえハーフナーがいるにも関わらず本田を1トップ起用したということはザッケローニは十分に本田の1トップをオプションとして考えているということである。

例えば大住良之氏はFWを「?」としてトップ下を本田、左を香川を推しており、本書にもこのように綴っている。

本田、香川、そして岡崎という攻撃陣はいずれもヨーロッパで実力を証明しており、ワールドカップでも十分に力を出せるだろう。問題は1トップ、FWだ。前田は技術的にも戦術的にも高い能力の持ち主だが、アジアのDFたちと向き合っても非力さが目立つなかで、ワールドカップで堂々たる1トップとしてプレーするのは難しいように思う。
(中略)
「理想の1トップ」あるいは「ワールドカップクラスのDFを相手にしても機能する1トップ」がいないのでなら、本田の1トップ起用、あるいはブラジル戦で見せたような「ダブルトップ下」という形もあるのではないか。(P.50から引用)

田村修一氏にいたってはFWを闘莉王(!)としてトップ下が本田、左が香川である。

もしも日本に、(性格はともかく選手としての)ズラタン・イブラヒモビッチやエディン・ジェコ(彼は性格も良い)のようなFWがいたら、あるいはロビン・ファンペルシーやロベルト・レバンドフスキのようなストライカーがいたら、攻撃に関しては何も問題がないだろう。しかし現実には、李忠成も前田もハーフナー・マイクも、誰もが一長一短でザックのシステムにぴったりとははまらない。連係面で最もしっくりいく前田にしても、世界のトップを相手にしたときにはまだ未知数である。(P.135-136から引用)

香川はゴール前の密集地帯でスペシャリティを発揮するタイプで、何もトップ下でなくてもペナルティエリア内に侵入するチャンスはいくらでもあるし、日本の攻撃は遠藤、長友とともに左サイドで始まることが多いのでその左サイドに香川を配しておくということもストロングポイントとなる。

一方で本田は世界でもトップクラスのフィジカルがありボールを奪われず、タメを作ることができるので日本としては重宝する存在だ。真ん中にズシンと構えてもらうことがチーム力の底上げにつながる。

そういった事情もあって、FWがいれば本田がトップ下、FWがいなければ本田をトップにして香川をトップ下で使うという次善の策というのが本流であろう。

個人的にも同じ意見、香川の能力はサイドでも活きるし、本田は真ん中こそ活きる

香川がサイドで窮屈そうにプレーしているとのコメントを見ることがあるが、具体的にはどのような場面のことを指して窮屈と表現しているのだろうか。香川はトップ下でも90分のうち88分くらいは「窮屈そう」にプレーしているし、その窮屈さの中で異能を発揮するのが香川だ。ただし、毎回密集地帯を破壊できるはずがなく、5回に4回は失敗である。それが窮屈そうに見えるだけだと思う。

密集地帯への侵入はサイドからでも十分に回数を重ねることができる。右サイドの岡崎が好例だ。本田とのコンビプレーでカットインしていくこともできるし、長友を活かすのもうまい。

本田の特徴がフィジカルにあることは言うまでもない。それだけで真ん中で使う意味がある。ただ、個人的にはもう1つ本田を真ん中で使うべき理由を挙げたい。

本田は、パスを出す寸前までどこにパスを出すのか相手に読みにくいような足の使い方をしている。

馬鹿正直なインサイドパスはほとんど使用せず、走っているテンポと同じ足の動きから突然アウトサイドでパスを出したりする。この動きがDFにとっては非常にいやらしいのである。世界ではドイツのエジルがこのパスの出し方が非常にうまい。

パスの出し手がインサイドの構えをすれば、パスの受け手のマーカーは当然間合いを詰める。読みやすいからである。しかしいつパスを出してくるか分からなければ、間合いは一定に、ダイアゴナルを意識して位置取りをしなくてはならない。このコンマ数秒のタイミングのズレが実は致命的なプレーになる要素を秘めている。

この読みにくいパスはトップ下からの展開でこそ活きる。ビルドアップの時点では正確性を最重視する必要があるのでなかなかこういったパスは使えない。一方でサイドからの展開ではそもそもパスコースが多くないので相手には「読みにくさ」が存在しない。視界が開けている中央からの展開でこそ、活きるのである。

FWには屈強さが必要なのか、世界と戦う上でのザックの判断は

ロンドンオリンピックで大迫をメンバーから外し永井を1トップで使ったのは、日本は世界と与するときはポストプレーをするような攻め方はしないということ、そしてその戦い方がベスト4という結果からある程度通用することを示した。

永井の特徴はスピード。狙うはショートカウンター、もしくは通常のカウンターである。世界の強豪は日本と戦うときはラインをあげて押し込んでくるのでカウンターは当然有効なプレーとなる。

さて、当のザックジャパンはどのような戦い方を選択するのか。岡田武史前監督はW杯直前まで中村俊輔を中心としたパスサッカーで世界と戦おうとしていたが直前に本田、松井、大久保の3枚で攻める守備的なカウンター戦術を選択した。そしてベスト16進出を果たした。

2010年と同じカウンター戦術を選択するのでは、日本に進化はなかった、もしくはそれが日本に合った戦い方だということになる。パラグアイのように常に守備的な戦術を取る国もあるわけだから何もカウンターが悪いということでもない。本番に限っては美しく負けるよりは何が何でも勝ってほしい。

6月から始まるコンフェデが1つの試金石になる。楽しみで仕方ない。



tags ゼロトップ, トップ下, 日本代表, 本田と香川の正しい使い方, 本田圭佑, 香川真司

ワールドカップアジア最終予選のヨルダンVS日本を観戦するためにヨルダンのキングアブドラスタジアムへ。僕自身初めての中東。勝ってW杯出場決定をこの目に焼き付けたかったのだが。

現地時間17:00キックオフで16:00過ぎにスタジアム到着。スタジアムの外はチケットを持っていない人で溢れかえる。日本人のみが入れるエリアに突入しようとする警備員に静止されるヨルダン人を横目に日本人エリアへ。門の前では何やらもさもさしている一平くんも・・。見なかったことにしよう。

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2013年3月26日 キングアブドラスタジアムにて筆者撮影

これまでの中東アウェー決戦をテレビ観戦した様子ではギリギリまでスタジアムに来ないのが現地の方の特徴だと思っていたが、キックオフ1時間前でスタジアムは超満員。スタジアムには、深く腹の底に響くような重低音がこだましている。イスラムの知識は遠征直前に付け焼刃で読んだ池上彰氏の『大人も子どももわかるイスラム世界の「大疑問」 (講談社プラスアルファ新書)』しかないが、おそらくヨルダン側には女性がスタジアムにいなかったので黄色い声は一切なし。これが異様な雰囲気を助長している。

結果はご存知の通り、ヨルダン2-1日本で敗戦。W杯への切符はお預けとなった。もはや試合から3日経ち多くの方が試合について分析したり評論したりしており後出し感満載となるが、現地観戦した僕の感じたわだかまりについて2点記しておく。

シュート意識が低いことがわだかまりの要因

シュートを撃てばいいというものではない。巷の評論でなぜ試合終盤に2トップにしないのかというものも読んだが、2トップにすればそれだけ崩しにかける人数が減るわけで、シュートを決める確率が高そうなシチュエーションを創りだすことに人数をかけるのか、前でシュートを撃てそうなポジションに配置する人数を増やすのか、どちらが良いのかは一概に述べることはできない。香川のミドルレンジからのシュートは期待できず、先日のマンUでのハットトリックの2点目のように崩しきってゴールに流しこむことを狙っていることも分かる。そんなことは分かっている。それでも言いたい。

もっとシュートを撃て、と。

後半の終わり際、長谷部がペナルティエリアに少し侵入したあたりで右にボールをずらし抜き切らないうちに撃ったシュート、あれだけが唯一「そうそうそのタイミングで撃っていこう!」というタイミングでのシュートだった(GKの正面に飛んだためゴールならず)。

シュートを撃たなくては始まらない。積極性などという陳腐な言葉で片付けられるものでもないかもしれないが、「何が何でも」というプレーが足りないように感じた。

どちらかといえば僕自身は全体論信者というか、ある1つの策を盲信するようなタイプではない。急いては事を仕損じる。前半の前田のヘディングシュートが入って、結果も勝利してW杯出場を決めていれば、シュート数が少ない試合だったとしても何も言わない可能性が高い。公式戦での勝利より大事なことはない。だから自分が滅茶苦茶で筋が通っていないことを言っていることは承知のうえだ。

現地観戦すると視界がボヤケる。

長友と本田不在によるメンタル的な「前を向こう」感の欠如がわだかまりの要因

長友と本田不在の影響は試合前から取り沙汰されていた。しかし、我々には香川がいる。清武もいる。憲剛だっている。ダブル酒井に駒野だって控えている。大丈夫だ。ホームで6-0で退けた相手に戦闘力でアジアトップクラスで層の厚い我々が負けるはずがないだろう。例え長友と本田の2人がいなくても。これが戦前の大衆の空気であったと思う。

機械的な戦闘力という意味では2人がいなくてもさして変わらなかったと思う。ミドルシュートが得意の本田がいればもしかしたら、左サイドに長友がいれば2失点目はなかったかも、という妄想はできるが、それはやめておこう。なぜならそんなことよりも影響が大きい要因があったからだ。

それは既に多くの人が指摘しているように、メンタル面の影響である。

先制されるということは可能性としてはありえる。もしかしたら10試合に1試合かもしれないが、それがこの試合になる可能性はある。もちろん失点を前提としてはいけないが、先制されたらどのような状況になるかシミュレーションしておくことはとても重要だ。オシム元日本代表監督は「負けることもある」とメディアの前で発言し、勝ち負けに一喜一憂する国民に釘を刺していた。

そのシミュレーションを果たしてピッチ上の11人ができていたか。ただでさえ油断ならない中東アウェー。先制されたらスタジアムを巻き込んで「ザ・アウェー」になることは目に見えている。そんなときにどうやってその見えざる壁を跳ね返すのか。

悪鬼が襲いかかってくるような雰囲気を持ち前のメンタリティで一蹴し、正のオーラを周囲に伝播することができている選手。それが長友と本田だったということがよく分かった試合でもあった。


しかし悲観すべき状況ではない。確かに6月の2試合を練習に使えなくなったことは痛い。ただ、これまでができすぎていたのだ。5試合で勝ち点13、2位が勝ち点5などという状況は金輪際訪れないだろう。普通の状況に戻っただけだ。次戦でオーストラリアをしっかりと叩き、日本で、ホームでW杯出場を決めようではないか。



tags ヨルダン, 日本代表, 海外アウェー現地観戦

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プロフィール

profile_yohei22 yohei22です。背番号22番が好きです。日本代表でいえば中澤佑二から吉田麻也の系譜。僕自身も学生時代はCBでした。 サッカーやフットサルをプレーする傍ら、ゆるく現地観戦も。W杯はフランスから連続現地観戦。アーセナルファン。
サッカー書籍の紹介やコラム、海外現地観戦情報をお届けします。

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