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タグ「村松尚登」の一覧

4月14日に大井町にて「バルサ流育成メソッドを学ぶ!」と題した村松尚登氏のセミナー(主催:ジュニアサッカーを応援しよう)が開催されたので最前席に陣取って聞いてきました。簡単に内容を紹介し、最後に考察を加えたいと思います。

内容は書籍の紹介も含めた3部構成

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セミナー開催まではスクリーンには村松さんが監修した『バルセロナの哲学はフットボールの真理である』が大きく投影されていました。そしてセミナーも本書の内容を中心に以下のように3部構成で展開されました。

  1. 『バルセロナの哲学はフットボールの真理である』の内容紹介
  2. 『バルセロナの哲学はフットボールの真理である』の練習メニュー解説
  3. 日本の育成年代にスペインの育成メソッドは応用できるのか

1部に関しては、拙ブログにて『バルセロナの哲学はフットボールの真理である』のレビューを書いていますのでそちらをご覧いただければ良いかと思います。セミナーでは村松さんが本書内で印象に残った言葉をスクリーンに投影しながら解説する流れでしたが、僕がレビューで引用した箇所と概ね同じでした(嬉しい!)。

特に村松さんが繰り返し強調していたのは「自己組織化」「サッカーをシンプル化してはいけない」「明確なのは、何も明確ではないということ」といった複雑系に関するワードです。リージョの言葉もよく引用されていました。

それを踏まえて、2部では本書内で紹介されている練習メニューについて動画を用いて解説がなされました。基本的にはフリーマンを活用したポジションゲームが多く、ポジションゲームを実施する狙いを以下のようにまとめていました。

  • ボール保持者に1枚ディフェンスがつけば周囲には必ずフリーの選手がいることを認識させること
  • 奥行きのあるポゼッションを意識させること

ただ、フリーマンを活用したポジションゲームは実際の試合の環境とは異なるため、「サッカーはサッカーをすることでうまくなる」という村松さんのキーメッセージとは若干ずれています。このことをご本人も認識しながら、それでも上記2点を狙いとするために重要だとおっしゃっていたのが印象的でした。

そして3部では、これらのスペインのトレーニングメソッドを日本で適用したらどうなるか、という村松さんの実体験による考察が紹介されました。

日本での応用、福岡でうまくいき、水戸では・・・

結論から言えば、福岡のバルサスクールではスペインのメソッドがうまくいき、現在担当している水戸ホーリーホックでは必ずしもうまくいっているとはいえない状況とのことです。

その理由を要素還元的に示すことは難しいものの、最たる理由として対象の世代の相違を挙げていました。福岡はJr.世代であったのに対し、水戸はJr.ユースです。Jr.世代はまだスポンジのように新しいことでも何でも吸収してくれますが、Jr.ユース世代はある程度習慣化されたプレーが身についてしまっており、その状態で新しくスペイン流といっても難しさがあると感じているようでした。

そのため、現在は映像を活用したり身体の使い方の矯正を施しながら工夫をしてトレーニングに取り組んでいる真っ最中とのことです。

プレイヤーズファーストとはなんだったのか

さて、ここからは僕の考察です。『バルセロナの哲学はフットボールの真理である』にもたびたびメッセージが登場するリージョによれば、フットボールは選手中心。選手にそぐわないプレーモデルをコーチが押し付けるのはナンセンスと口酸っぱく言っています。

また、その裏表として、4番(ピボーテ)の選手はずっと4番なのだから、選手の獲得時点で4番の選手を連れてくる必要があるとも言っています。

であれば、習慣化されたプレーが身についたJr.ユース世代に新しいプレーモデルを教えこむのは誤っているのではという疑問が浮かびます。プレイヤーズファーストではないのか、と。

そこで、セミナーの質問コーナーで真っ先に上記の疑問について質問してみました。それに対する村松さんの回答は概ね以下のようなものでした。

その疑問に関しては自分も何度も自問自答した。確かに、習慣化されたプレーを大事にしてプレーモデルを構築したいという気持ちもある。ところが、そういった選手たちが自分たちの最高のパフォーマンスを出しきっているかといえば決してそうではない。選手たちがギリギリのプレーをしているのであれば、それを最大限尊重したい。しかし、実際はもっと良いパフォーマンスを出せるのに、それを知らないから出せていないように思える。なので、選手たちがパフォーマンスを発揮できるように教えることを優先した。

この回答は村松さんの熱がこもっていたこともありますが、非常に納得的でした。もともと僕もこの考え方に近いです。プレイヤーズファーストは聞こえは良いですが、完全にプレイヤー優先にすることはある意味「指導放棄」にもなりかねません。『日本はバルサを超えられるか』(筆者のレビュー)において村松さん自身以下のように語っています。

まったく教えないというのは指導放棄になってしまいます。単に放置するだけでは基本の習得すらままならず、子どもの遊びの延長になってしまう危険性もある。そのためにも選手が自らトレーニングをオーガナイズできるためのノウハウの提供は必要で、もしかすると自分たちでトレーニングを組み立てる選手たちを対象とした「指導者選手講習会」の需要が出てくるかもしれません。
(中略)
私が今春まで指導していたバルサスクールでは、誤解を招くかもしれませんが「教えすぎている」と言っていい状態です。ただしそれは、ゲーム形式の練習を通じて、判断材料を与え、教育するという感じの詰め込みで、一般的なつめ込み指導とは異なると自負しています。(P.66-67から引用)

帰納だけに頼ってはならず、演繹的な視点も用いることによってアブダクション(仮説推論)が生まれます。その止揚のポイントを探る事こそが指導の模索なのだと思います。拙ブログの教えずに気づくのを待つのか、教えて気づきに足場をかけてあげるのかにも考察がありますのでよろしければ参照ください。

認知、判断、実行という汎用性

村松さんもセミナーの中で「レベルが高い選手は(プレーモデルの変化にも)適用可能」とおっしゃっていました。ここでいう「レベル」とは、認知、判断、実行のうちの認知や判断に優れているという意味合いだと思います。認知や判断が高いレベルでできれば、どのようなプレーモデルにも適用可能というのはまさにその通りだと思います。だからこそ、最近のサッカー指導では認知、判断、実行と教えています。

『ドイツ流攻撃サッカーで点を取る方法』(筆者のレビュー)では以下の記述があり、まずはフィロソフィ(プレーモデル)に縛り付けないことが大事と強調しています。

16歳までは選手を指導者のフィロソフィー(哲学)にしばりつけるのは避けるべきで、まずは選手が多くのオプションを持てるように指導し、そしてそのオプションを試合中にフレキシブルに応用できるように育てるべきです。選手が学んだオプションを試合で有効に使うためには、一瞬の状況判断のスピードをあげられるような実戦的なトレーニングが必要です。選手たちが状況に応じてフレキシブルに対応し、選手自らが応用できるようになることが重要なのです。(P.7から引用)

村松さんが水戸ホーリーホックで直面しているのは、認知や判断が(高いレベルで)できていないJr.ユース世代に対する指導の難しさではないかと邪推しています。テクニック主導でJr.ユースまで成長してきたため、応用が効きにくいということではないかと。

これらのことから育成年代への指導で大切なことを大局的に捉えれば、以下の2点に集約できると僕は考えます。

  • プレイヤーと指導者がそれぞれ帰納と演繹、ボトムとトップの両者から意見を綜合(≠総合)すること
  • プレーモデルに影響されない認知、判断、実行のプロセスを徹底すること


村松さんの書籍は他にもオススメがありますので興味があれば手に取ってみてください。『FCバルセロナスクールの現役コーチが教えるバルサ流トレーニングメソッド』(筆者のレビュー)は判断ができるようなトレーニングメニューを紹介しています。『テクニックはあるが「サッカー」が下手な日本人』(筆者のレビュー)は戦術的ピリオダイゼーション理論について詳しく知ることができます。

 



tags バルサ流育成メソッド, プレイヤーズファースト, プレーモデル, 戦術的ピリオダイゼーション理論, 村松尚登, 自己組織化, 認知、判断、実行


初学者のためのトレーニングメニューの紹介。

本書は主にお父さんコーチをはじめとするコーチ初学者のためのトレーニングメニュー本である。ただ、初学者向けだからといって単純なメニューを紹介しているわけではなく、村松尚登氏らしくほとんどのメニューが状況判断を伴ったものとなっていてサッカーの本質を実践的にトレーニングできる内容となっている。

自分でメニューを作ることが難しい初学者はまずは本書のような書籍を参考にしてメニューを模倣し、少しずつ中級者向けの書籍を用いてメニューをアレンジしたりするのが良い。中級者向けとしては例えば以下の書籍が参考になる。

 

戦術的ピリオダイゼーション理論とは何か

本書では冒頭のP.16-27を用いて戦術的ピリオダイゼーションについての説明がなされている。ただし著者の村松尚登氏も言うように、読み飛ばし可である。

この理論を知らなければ本書で紹介しているトレーニングメニューを実践に移せないというわけでは決してありませんから、この理論編を飛ばしてトレーニングメニューに進んでいただいても全く差し支えはありません。(P.16から引用)

戦術的ピリオダイゼーションとは、サッカーを要素還元主義的に捉えずに複雑系として捉え、サッカーで必要なテクニックなどは単体で取り扱うのではなくコンテクスト(文脈)といっしょに取り扱わなければ意味がないということを謳う理論である。

このことを理論の提唱者であるビトール・フラデ教授は「サッカーはカオスでありフラクタルである」と表現し、村松尚登氏は「サッカーはサッカーをすることで上達する」とキーメッセージにまとめている。

筆者が小学生のころはコーンを並べてジグザグドリブルの練習をよくさせられたものだが、こういった練習はサッカーに必要な状況判断やプレッシャーがないため、戦術的ピリオダイゼーション理論に則ればあまり意味のないものということになる。村松尚登氏も「はじめに」で次のように語っている。

本書に記載されているトレーニングメニューは、単調な反復練習ではなく、「サッカーをやりながらサッカーを学ぶ」、つまり決められたとおりの方法でトレーニングをこなすのではなく、状況判断のある環境の中で取り組むことを意図としています。サッカーでは常に状況判断が求められます。皆さんは、2人組のパス交換やコーンを並べたドリブル練習など、実はサッカーの"重要な要素"が欠けている反復練習を子どもたちに課していませんか?(P.2-3から引用)

こういった考え方に少しでも賛同できるのであれば、ぜひ本書のトレーニングメニューを試してほしい。状況判断を伴ったテクニック、攻守の切り替え、疲れているときの攻め方守り方などが網羅されており、まさに「サッカーはサッカーをすることで上達する」を地でいく内容ばかりである。

チームとして大事なのはプレーモデルの構築

また、同理論ではチームを強化するために最も大切なのはプレーモデルであると説いている。

プレーモデルとは、そのチームが目指すサッカーとしての全体像、または最終目的を意味します。チームを率いる監督の理想像と考えれば、理解しやすいでしょうか。サッカーはメンバーやコンディション、ピッチの条件や気象条件によって試合展開が大きく変化するスポーツです。このような偶然性の特長を持つサッカーに必然的な法則性を見出すためには、チームとしての方向性、すなわちプレーモデルを設定しなければ、チームを統率するための規律は生まれません。(P.22から引用)

ただし、「どのようなプレーモデルが良いのか」「プレーモデルに適したトレーニングはどのようなものか」といったことまでは本書には書かれていない。プレーモデルはそれぞれのチームで異なるものなので一概には書けないということもあるのだろうが、それでは初学者は困ってしまう。そこで、まずは守備から硬めてカウンターで勝利を狙うようなチームが目指すプレーモデルの構築に役立つのが先にも紹介した『4-4-2ゾーンディフェンス トレーニング編』(筆者のレビュー)である。ゾーンディフェンスの徹底とリスクを踏まえたカウンターによる攻撃を志向するプレーモデルからチーム作りをはじめ、徐々にサイドや中央を使った攻撃を構築するトレーニングが体系的にまとめられている。

ちなみに、戦術的ピリオダイゼーション理論について理解を深めたければ村松尚登氏の『テクニックはあるが、「サッカー」が下手な日本人』(筆者のレビュー)を読むのが良い。村松尚登氏の戦術的ピリオダイゼーション理論との出会いやスペインでのコーチ生活の苦悩などが冒険譚のような形でまとめられており、非常に勉強になる。



tags トレーニングメソッド, トレーニングメニュー, プレーモデル, 戦術的ピリオダイゼーション理論, 村松尚登


自主性を最大限に開放する創発型アプローチの提言。

育成年代の部活やクラブにおけるミッションとは何なのか。根本的な問いであるが、普段目の前のトレーニングや試合に没頭していると忘れがちになってしまう。ここがブレると目標設定などもブレてしまうので、しっかりと設定しておくべきである。

果たして、試合に勝つことや大会で優勝することがミッションなのだろうか。

もちろん、そういったミッションもありだろう。一方で、育成年代でサッカーをしている少年、青年の99%以上はプロ選手を目指すわけではない。育成年代におけるサッカーを社会に出て一人の社会人として活躍していくための教育の一環と捉えるのであれば、必ずしも勝つことだけがミッションというわけではなくなってくるだろう。

社会に出て求められる能力とは、いわば自ら問題解決をする能力である。
そのために、

  • 問題を発見し
  • (原因分析から)有効な打ち手を考え
  • 粘り強く打ち手を実行し
  • 必要に応じて周りを巻き込む

ことを「自ら」実施できる行動が求められる。

では、部活やクラブにおけるサッカーを通じてこれらの能力、特に「自ら」の部分を指す自主性を涵養することができるのか。

その問いに対する回答として「ボトムアップ理論」を紹介しているのが本書である。

ボトムアップ理論とは何か

ボトムアップ理論の説明については拙ブログを参照してほしい。
ボトムアップ理論はプレイヤーズ・ファーストを具現化する新しい指導の形

拙ブログから冒頭の説明を引用しておく。

ボトムアップ理論とは、畑喜美夫氏が提唱した、プレイヤーが主導してチーム運営を行う指導方法である。プレイヤーは練習メニューから公式戦に出場するメンバー、戦術、選手交代などをすべて自ら決定していく。指導者は必要に応じて問題提起などを対話を通じて行いながら、プレイヤーの可能性を引き出すファシリテーターとして機能する。

本書の著者である畑氏によるDVD教材も販売されている。2巻組で、1巻目が理論的背景などの紹介、2巻目が畑氏と他2名の座談会となっている。

なぜ今ボトムアップなのか

ボトムアップ理論は決してサッカー以外の能力を育成するためだけに導入するわけではない。畑氏は前任の広島観音高校サッカー部の監督として、ボトムアップ理論を用いて2006年に高校総体で優勝を成し遂げている。

ボトムアップ理論を推奨する理由として、畑氏はこのように語る。

近年、指導者の大半がテクニックや技術論、戦術論にばかり目がいって、チーム指導のベースとなる組織論についておざなりにされている方が多いと思います。インターネットで検索すれば、バルセロナやマンチェスター・ユナイテッドの技術指導の情報は、簡単に手に入れることができます。世界中の強豪チームの指導方法も知ることができます。

でも、その通りに指導したら、どこでもバルセロナやマンチェスター・ユナイテッドのようなチームになれたら苦労はありません。全国の指導者はもう頭打ちの状況で、何か打開策はないか悩まれているんだと思います。

ですから、話題のテクニックや技術論、また戦術論に飛びつきがちですが、大切な指導目的や哲学、組織論について、いま一度、見直しが必要ではないかと思います。(P.130-131から引用)

サッカーは自主的に判断する場面の連続である。1回1回のプレーが途切れ、監督の指示が重要になる野球やアメリカンフットボールとは根本的に特性が異なっている。であれば、自主性を育むように環境面からサポートすることが大切になることは自明である。

一方、サッカーという競技として、指導はトップダウンがよいのか、またはボトムアップがよいのか考えてみると、まず、競技の特性として、選手が状況に応じて判断をする場面の連続ですよね。

しかも、瞬時の判断が要求されます。

ベンチの監督から「右に行け!」「逆サイドに廻せ」なんてコーチングの声が聞こえてから、動いていたら、相手の選手にインターセプトされたなんて、よくある光景です。どう考えても、ピッチの選手が判断する方が、スピーディにスムースに展開されてくると思います。(P.147から引用)

ボトムアップ理論を導入することで、社会で必要とされる能力を涵養できるばかりでなく、試合に勝つために必要な能力も育成できるのである。

教えないことが良いことではない

ボトムアップ理論の上辺だけを取り上げると「指導しないことが良い」と捉えられかねない。それは間違いであるので注意が必要である。指導しないことが目的ではなく、プレイヤーが自主的に判断することを支援することが目的である。最初から自主的に判断することは難しいので、寄り添うようにファシリテーターとして機能することが求められる。

村松尚登氏はこの辺りの考え方について、小澤一郎氏との共著『日本はバルサを超えられるか』(筆者のレビュー)の中で次のように語っている。

まったく教えないというのは指導放棄になってしまいます。単に放置するだけでは基本の習得すらままならず、子どもの遊びの延長になってしまう危険性もある。そのためにも選手が自らトレーニングをオーガナイズできるためのノウハウの提供は必要で、もしかすると自分たちでトレーニングを組み立てる選手たちを対象とした「指導者選手講習会」の需要が出てくるかもしれません。

(中略)

私が今春まで指導していたバルサスクールでは、誤解を招くかもしれませんが「教えすぎている」と言っていい状態です。ただしそれは、ゲーム形式の練習を通じて、判断材料を与え、教育するという感じの詰め込みで、一般的なつめ込み指導とは異なると自負しています。(P.66-67から引用)

教えることと教えないことの均衡については拙ブログに考え方をまとめたので参考にしてほしい。
教えずに気づくのを待つのか、教えて気づきに足場をかけてあげるのか

もっと多くの人に知ってもらいたい

全ての部活やクラブでボトムアップ理論を、とは考えていない。トップダウンがダメとは僕は思っていないし、とても大切なアプローチだと思っている。

よくないのは、トップダウンや「やるべき」という外発的なアプローチが全てだと考えてしまうこと。選択肢を用意した上で、ミッションに照らしあわせてボトムダウンや「やりたい」という内発的なアプローチも考えていくことが重要である。

ただし、どちらのアプローチも中途半端な使い分けは難しく、どちらかを選択したら基本的にはその世界観で運用していくことで初めて効果を発揮する。しっかりと世界観を理解した上で適用できるように、プレイヤーよりも指導者がまず学びを自主的に実践することが重要であることにも気づかせてくれる一冊である。



tags ボトムアップ理論, 村松尚登, 畑喜美夫, 自主性

サッカーの育成やトレーニングの提供場面においてボトムアップ理論や戦術的ピリオダイゼーション理論が徐々に普及し始めていると聞く。

ボトムアップ理論については拙ブログのこちらの記事で紹介しているので参照してほしい。
ボトムアップ理論はプレイヤーズ・ファーストを具現化する新しい指導の形

戦術的ピリオダイゼーション理論については、『バルセロナの哲学はフットボールの真理である』(筆者のレビューはこちら)の著者オスカル氏が次のように説明している(オスカル氏の記述も別の記事(スペイン語)からの引用であるようだ)。

サッカーというゲームに内在する重要な局面やファクターを分断せず、と同時に、このスポーツに内在する不確実性をしっかりと認識したメソッド(P.40から引用)

戦術的ピリオダイゼーション理論に関してさらに知りたければ村松尚登氏のブログ「日本はバルサを超えられる」や著書『テクニックはあるが、「サッカー」が下手な日本人 ---日本はどうして世界で勝てないのか?』(筆者のレビューはこちら)を参照してほしい。

 

手放しにこれらの理論を賞賛するわけではないが、育成はいつの時代も試行錯誤だし、これらの理論はメソッドではなくメソドロジーであるという点で理論の普及そのものは喜ばしいことであると考えて良いだろう。

教えずに伸ばすのか、教えて発達を支援するのか

どちらの理論も「サッカーをサッカーとして捉える」ことを前提としており、そこに横たわる共通の理念として「プレイヤーの判断力を大切にする」ということがある。

判断力を養うためにはどうすれば良いのか。まずは、機能や目的がサッカーの本質から意図的に狭められたトレーニングではなく、試合でも適用できるプレーモデルの構築が重要テーマとなる。本質的でない場において判断のトレーニングをしても、それが試合で役立たないからである。

次に、指示をすることや教えることを控えることが重要とされるようになる。ジュビロ磐田の黄金期を監督として支えた鈴木政一氏は著書『育てることと勝つことと』の中で次のように語る。

ベンチからは大声で、「サイドチェンジ!」と指示がとぶ。すると、子どもは言われた通りに蹴る。それが、たまたまつながり、ゴールに結びついた。
「ナイス、ゴール!」。子どもは、サイドのスペースを観ることもなく、相手との駆け引きもないままに、ベンチからの声を忠実に守る。そこに子どもの判断など入り込む余地はない。
この子が上の年代のクラスにいったときに、観ることも、判断することもできないような指導をしてはいけない。ではどうすればよいか。アンダー9の段階では、自分の観える範囲で、自分で判断して、一番よいと思うプレーができれば充分である。(P.126-127から引用)

もちろん、ボトムアップ理論でも「教えるな」とは説いていないし、戦術的ピリオダイゼーション理論でもそれは同じである。目的は判断力を養うこと。そのために教えることや介入が必要であれば教えることが必要となる。

ところが、両理論が有名になってきたからこその弊害として、上辺だけが取り沙汰され、「教えないことが正しい」という伝わり方がされているように見受けられる。

この理解は完全に間違いで、村松尚登氏は小澤一郎氏との共著『日本はバルサを超えられるか ---真のサッカー大国に向けて「育成」が果たすべき役割とは』の中で次のように語っている。

まったく教えないというのは指導放棄になってしまいます。単に放置するだけでは基本の習得すらままならず、子どもの遊びの延長になってしまう危険性もある。そのためにも選手が自らトレーニングをオーガナイズできるためのノウハウの提供は必要で、もしかすると自分たちでトレーニングを組み立てる選手たちを対象とした「指導者選手講習会」の需要が出てくるかもしれません。
(中略)
私が今春まで指導していたバルサスクールでは、誤解を招くかもしれませんが「教えすぎている」と言っていい状態です。ただしそれは、ゲーム形式の練習を通じて、判断材料を与え、教育するという感じの詰め込みで、一般的なつめ込み指導とは異なると自負しています。(P.66-67から引用)

新しい指導法や理論が出てきたときには必ずといっていいほど拒絶反応を示したり意図的に批判したりする人が出てくるので、教えることと教えないことについては慎重に考え方を伝えた方がよいと感じている。

教える加減としての最近接領域

教える加減として役に立つのが、旧ソ連の心理学者であるヴィゴツキーが提唱した発達の最近接領域という考え方である。ヴィゴツキーについては、『ヴィゴツキー入門 (寺子屋新書)』が詳しい。

発達の最近接領域を僕なりの理解も含めてかいつまんで説明すると、人には、

  1. 教えなくてもできること
  2. 足場をかけ、やり方を教えてあげればできること
  3. 足場をかけてもできないこと

が存在しており、このうちの2.が発達の最近接領域と呼ばれる領域である。

要は、今できることに「近接」しており、自主的に解決できなくても助けを借りることでできるようになる領域を指す。ヴィゴツキーは、発達と教育の関係において、この最近接領域に働きかけることで発達領域を引き上げていくことが重要であると説いている。

これを数学で例えてみればこういうことである。
小学6年生に方程式の問題を出してもまだ解くことができない子どもが多いだろう。しかし、公式を教えれば解くことができる子どもが多いのではないだろうか。この公式に自ら気づけということは無理な話で、であれば解法である公式は「足場」として早めに教え、具体的な解について、あるいは応用問題については自ら考えさせるということだ。

サッカーに適用すれば、プレイヤーにはプレーの選択肢を広げてあげることでグッと伸びる瞬間が存在している。そのための足場を対話を通じてかけてあげる、といったイメージであろうか。この点においても、具体的なプレーを教えるというよりは、数学で言えば公式、つまりプレーの選択肢ややり方そのものをやんわりと指南してあげることが肝要である。



tags ボトムアップ理論, ヴィゴツキー, 戦術的ピリオダイゼーション理論, 村松尚登, 発達の最近接領域


関係は物質よりも本質的である。

本書は、著者である村松尚登氏が12年間に渡るスペインでの指導者経験で体感した「スペインサッカーの強さの秘密」を綴ったものである。論理的にスペインサッカーの強さの秘密を探ろうとするがなかなか探しものにめぐりあえない村松氏の苦悩や葛藤もあわせて描かれており、冒険譚のように読むこともできる。

村松氏の語る「スペインサッカー強さの秘密」およびスペインと日本の差異は非常にロジカルで納得的な内容であり、サッカーを科学的に語りたいと思っている方は必読の良書。

まず直面した日本とスペインの環境の違い

村松氏が直面した目をそらすことのできない事実として、日本とスペインの育成年代における環境の違いがある。その最たる違いが、リーグ戦文化である。

多くのスペイン人が小学校低学年より長期リーグ戦でプレーし始め、それ以降現役を引退するまでの数年間、あるいは数十年間「負けても次がある」という長期リーグ戦を毎週戦い続け、試合経験値を積み上げ続けていきます。そしてその過程において、必然的にサッカー人口全体の"サッカーを見る眼"を肥えさせているのではないでしょうか。(P.58-59から引用)

このリーグ戦文化により、2つの点で大きなメリットが生まれているという。

1つ目が、練習の質の向上である。村松氏は次のように語っている。

"週間サイクル"でスケジュールが進むがゆえに常に目前に具体的な目標設定があるため、毎回の練習にも必然的に集中しやすくなり、練習課題の設定も明確になりますから、自ずと練習の質も高まります。たとえるならば、1年後の受験に備えて勉強することと、1週間後のテストに備えて勉強することの違いです。明らかに後者のほうが、モチベーションの維持や勉強の課題設定は簡単だと思います。(P.88-89から引用)

そして2つ目のメリットが、駆け引きや賢さの向上である。

最近では日本でも駆け引きや賢さ、つまり判断力の向上を目的として育成が行われている。サッカーはプレーが連続的で試合中に監督の指示をいちいち聞いていられないため、選手が自主的に局面におけるプレーを判断しなければならない。局面はパターン化することができるが、机上で簡単に学ぶことができるものではなくピッチの上で体感的に会得する必要がある。そのために必要なことは、試合を多くこなすことである。村松氏の言葉を借りれば、こういうことになる。

「サッカーはサッカーをすることで上手くなる」(P.109から引用)

リーグ戦文化で毎週緊迫した公式戦を戦っているスペインの育成年代では、「サッカー」をする機会が必然的に増え、それが駆け引きや賢さの向上に寄与しているのである。

しかしここで村松氏は思い悩むことになる。確かにリーグ戦文化はスペインサッカーの強さの根源的なものであろう。ただ、それが強さの秘密でした、となると、それはすなわち日本は追いつくことが非常に難しいです、と言っているようなものである。また、サッカーが強くて文化的に根付いているからリーグ戦が普及したのか、リーグ戦が普及したから強くなったのか、鶏が先か卵が先かが定かでない。

もっと奥深いヒントのようなものはないのか。

そんな折、すでにスペイン在住が10年を超えていた村松氏がついに出会ったのが、戦術的ピリオダイゼーション理論である。

戦術的ピリオダイゼーション理論とはなにか

戦術的ピリオダイゼーション理論は、ポルトガル人のヴィトル・フラーデ教授が約30年前に発案したサッカー専用のトレーニング理論である。

フラーデ教授は「サッカーはカオスであり、かつフラクタルである」と定義付けている。そのため、この理論はまずサッカーを複雑系と捉えるところから始まる。本書では、機械論ではなく生命論的なパラダイムでサッカーを捉える、という言い方をしている。

この考え方については、『リーダーシップとニューサイエンス』が詳しい。ニュートン主義を機械論、ニューサイエンスを生命論と置き換えていただいて構わない。

ニュートン科学は、唯物論の立場でもある。人の身体的感覚で感知できるものを重視して世界を理解しようとするのだ。実在するものは、目に見え、明確な物質的形状を持つとされる。物理学の歴史では、そして今もってそうだが、科学者たちは、物質の基本的な「構成要素」、万物のもととなる物質的形状をこぞって探しつづけてきた。
ニューサイエンスとニュートン主義の決定的な違いの一つは、ニューサイエンスが部分よりも全体論を重視していることだ。システムは、システム全体として理解し、ネットワーク内の関係に注目する。(P.23-24から引用)
量子の世界では、関係がすべての決定権を握っている。原子より小さい粒子が形状として観察できるのは、何かほかのものと関係があるときだけだ。独立した「もの」としては存在しない。基本的な「構成要素」はないのだ。(P.25から引用)

本書にも登場する「全体は、部分の総和以上の何かである」という考え方である。

また、人間の「顔つき」という身近な例を用いて『非線形科学 (集英社新書 408G)』では以下のように説明している。

ある人の顔を構成する目、口、鼻などの各部分についてどれほど詳しい情報をもっていても、その人固有の「顔つき」はわかりません。顔つきはこれらの要素の布置から生まれる新しい性質であり、要素自体についての知識には含まれないサムシングだからです。(P.19から引用)

つまり、サッカーは生命論パラダイムに則ったスポーツであり、サッカーの中身を体力やテクニック、戦術眼などの要素に分けて個別にトレーニングをしても「全体」であるサッカーそのものはうまくならないということである。

この理論はまさしく「サッカーはサッカーをすることで上手くなる」という考えが結びついている。村松氏が飛びつくのも納得である。

戦術的ピリオダイゼーション理論を活用するために

本書では以降の流れとして、戦術的ピリオダイゼーション理論を活用したトレーニングメニューをいくつか紹介している。実例をもって紹介しているので分かりやすいが、村松氏も言うように「これが戦術的ピリオダイゼーション理論のトレーニングである」という決まりは存在しない。チームコンセプトを体現できるようになるためのトレーニングが重要であり、チームコンセプトは各チームごとに異なるのだからトレーニングは各チームごとに異なるのが当たり前、という前提に立っているためである。

サッカーはフラクタル(自己相似系)であるという前提を思い出し、どうしたら試合におけるチームコンセプトの発揮場面をトレーニングで再現できるかを考えることが重要であり、指導者の力量が試されるシーンでもある。

サッカーと複雑系についての私見

サッカーに複雑系を適用する考え方は広がりを見せ、『バルセロナが最強なのは必然である グアルディオラが受け継いだ戦術フィロソフィー』(筆者のレビューはこちら)ではバルセロナのサッカーを複雑系理論と絡めて解説している。

また、論文『サッカーゲームにはハブがある』(筆者のレビューはこちら)ではサッカーの試合でネットワーク理論が成り立つことをデータから明らかにしている。

個人的には、フラーデ教授が提唱した「サッカーはカオスであり、かつフラクタルである」という定義は正しいけれど若干古い気もしている。

20世紀は機械論の世紀と言われていたが、科学者が生命論に気付いていなかったわけではなくその存在を実証的に証明できなかっただけである。計算に信じられないくらい時間がかかるため、コンピューターなしでは計算が不可能だったのである。ただ、村松氏も言うように、現在では複雑系理論は数学的に証明できている。その中心にあるのが「ベキ法則(べき乗則)」である。

ベキ法則とは80:20の法則やロングテールといったほうが一般的には通りがよいかもしれない。べき法則は『新ネットワーク思考―世界のしくみを読み解く』が詳しい。

現実のネットワークのほとんどは、わずかなリンクしかもたない大多数のノードと、莫大なリンクをもつ一握りのハブが共存しているという特徴をもっている。これを数式で表したのがベキ法則なのだ。(P.103から引用)
ベキ法則は、カオス、フラクタル、相転移など、二十世紀後半に成し遂げられた概念上の大躍進の中核にある法則なのである。ネットワークにもベキ法則が見出されたということは、ネットワークと他の自然現象とのあいだに予期せぬつながりが存在する徴にほかならない。(P.106から引用)

カオス、フラクタルにべき法則が発見され、そして自然界や社会的なネットワーク、インターネットにもべき法則が発見されている。すべてはつながっており、自然界の様々な現象もサッカーゲームも例外ではない。

これらを包括的に扱っている理論がネットワーク理論である。

フラーデ教授がサッカーの定義を提唱したときにはまだネットワーク理論は確立されていなかった。そんな時代にサッカーをカオスやフラクタルで斬った先見の明はすばらしい。そして教授の言葉を受けて、科学の進んだ現代ではこのように定義したほうが「サッカーの試合」という意味ではしっくりくる気がする。

「サッカーは、ネットワーク理論に支配されている」、と。

戦術的ピリオダイゼーション理論にも触れつつ、このあたりは別エントリーでまとめてみたいと思う。



tags べき乗則, べき法則, カオス, テクニックはあるが、「サッカー」が下手な日本人, ネットワーク理論, フラクタル, 戦術的ピリオダイゼーション理論, 村松尚登, 複雑系


スペインに精通した指導者とジャーナリストによる日本サッカーの育成環境への提言。

本書は、育成、保護者の関わり方、Jリーグの役割、メディア活用の観点などから日本がサッカー大国になるための提言をまとめたものである。タイトルの「バルサ」に関しては、現代サッカーの象徴として、あるいは倒す(超える)べきラスボス的存在としてフィーチャーされただけであり、本書内にバルサに関する話題はほぼ出てこない(著者の村松氏のブログタイトルが日本はバルサを超えられるなのでそこから取っている)。なので単純に「日本サッカーへの提言」としての読むのが良い。

2種類の提言

すごく大雑把に大別すれば、本書は2種類の提言に分かれている。
1つは、環境やシステム面で日本が不十分である点に関しての提言。
もう1つは、個人が今からでも始められるような、小さな一歩としての提言。

提言が実現できたときの効果でいえば、圧倒的に前者の方が影響力が大きい。それは誰もが分かっていることだと思う。しかし、それはいち読者からすれば雲の上の話であり、「理屈は分かるがそれは個人としてはどうしようもない」というのが実感値だと思われる。もちろん、変わりたいと思わなければ環境もシステムも変わらないので、声をあげていくことは大事なのだけれど。

一方で、全体から見れば効果は小さいかもしれないけれど、個人レベルで考えたときに行動に移すヒントになるのは後者の方である。

本書でいえば、「個人から始められる提言」はANGLE2「育成年代の指導者が目指すべき方向性を探る」に集約されている。その中から特に印象に残った点を紹介したい。

育成年代における戦術指導はどうあるべきか

著者のお二人が、日本の指導でスペインと比べて圧倒的に足りないと感じているのが戦術指導だという。戦術というと育成年代には早すぎるという意見もあるが、村松氏は戦術を「駆け引き」と捉えた上で次のように語っている。

「相手との駆け引き」や「状況判断」が戦術であるということ。サッカーは個人スポーツではなくチームスポーツであるため、一人で相手と駆け引きするのではなく、チームメイトと力をあわせて相手チームと駆け引きをする必要があります。
(中略)
プロでも小学校低学年でもこの戦術の基本に変わりはありません。「相手との駆け引き」は幼稚園児でも十分に理解できるし、「仲間と協力する」ことも幼稚園児になれば理解出来ます。(P.57から引用)

その上で、駆け引きをするために段階的にサッカーの原理原則を教えていくこと。この指導をないがしろにしてテクニックに奔走していてはいけないとのことである。

この辺りは最新のトレーニング理論ではどの指導者も語っている。ジュビロ磐田の黄金期を支えた鈴木政一氏は『育てることと勝つことと』(筆者のレビュー)の中で「判断力」の向上こそが指導の中心にあるべきで、年齢ごとに到達すべきレベルを示した上で判断力の重要性を説いている。判断力とはすなわち駆け引きの基本になるものである。

しかしやはり街クラブレベルでは浸透していない、もしくはやり方が分からないということなのかもしれない。単に「バルセロナのようなチームを目指したい」と言っても無理があるわけで、身の丈や選手の特徴を踏まえた上でトレーニングスタイルを次のようなポイントを踏まえて構築することを村松氏は薦めている。

・好きなプレースタイルのプロチームを見つけ、そして試合をたくさん見る
・優先順位を明確にする(例:勝利よりも試合内容を優先)
・好きなトレーニングスタイル(を実践している指導者)を見つけ、そしてたくさん見学する
・書籍や指導者仲間との情報交換等を通じて、好みの練習メニューを見つける
(P.63から引用)

大切なことは判断のポイントを教えるということ

指導者に常につきまとうジレンマとして、どこまで教えてどこから教えないのか、という点がある。判断力を養うということはプレイヤーに判断をさせる環境を与えるということに他ならない。しかし全てをプレイヤーの判断に委ねていてはもっとよい判断ができたかもしれないポイントに気づかないまま過ごしてしまうかもしれない。

村松氏もこのように語る。

自主的な選手、判断力のある選手を育てるためには、最初から「判断しろ」と言っても不可能です。なぜなら、そのための判断材料も戦術的な知識もない状態では、駆け引きはできないからです。(P.67から引用)

はじめは判断のポイントになるような具体的な指導をしていき、判断材料を揃えた上で「考えろ」という指示が噛み合ったときに自主的な選手が生まれる、という順番である。

あくまで最終到達地点は自主的に駆け引きできる選手を育成することであり、そのために必要な判断ポイントは教える、と。指導者の考える通りのプレーをさせて試合に勝つことが目的ではないので、そこを見誤ってはいけない。

また、ボトムアップ理論と呼ばれる「教えない指導」に関しても以下のように紹介している。

前述のトレーニングスタイルの確立にも関係してくる提案として、「教えない指導」が挙げられます。これは日本人の気質に合った、日本独自のスタイルと言えるでしょう。その「先駆者」的存在でもあり、広島観音高校を全国区の強豪校に育て上げた畑喜美夫先生(現安芸南高校)の「ボトムアップ理論」(教えない指導法)は、指導者不足の日本の育成環境にとってとても興味深いアプローチであり、私は最適な方法の1つになり得ると考えます。(P.65から引用)

ボトムアップ理論を紹介したDVD『質を上げ生徒の考える力で勝負する!畑喜美夫・ボトムアップ理論の概要と実際[DVD番号 tv09]』も発売されている。指導は理論だけでなく具体的な方法とともに学習しないとなかなか理解が難しい。村松氏が指導の見学を薦めている所以でもある。

こうした草の根的な提言が日本サッカーを変えていく

街クラブレベルの指導と日本代表を強化することは次元の違う話という意見もあるだろう。しかし、そこがつながっていると考えて草の根的な活動で駆け引きのできる選手を1人でも多く育てることが、日本という国がサッカー大国として名を馳せる下地になると信じる方がなんともロマンがあって良いではないか。

日本はそもそも教育環境からして詰め込み型と言われ、それが創造性やイノベーションを阻害しているという意見もある。それが、サッカーというスポーツを通じて教育の現場では教えられない大切な判断力を養うことができるとなれば、すごくステキなことである。

本書は両者の言いたいことを簡潔にまとめた入門書

村松尚登氏と小澤一郎氏のもっと深い主張を知りたければ、それぞれの著書を読むのが良い。

村松尚登氏の『テクニックはあるが、「サッカー」が下手な日本人 ---日本はどうして世界で勝てないのか?』(筆者のレビュー)を読めば環境面における日本とスペインの違いや、指導理論としての戦術的ピリオダイゼーション理論の一端について知ることができる。

小澤一郎氏の『サッカー日本代表の育て方 子供の人生を変える新・育成論』(筆者のレビュー)は育成についての事例が豊富にまとめてあり、琴線に触れるワードも多い。

同じく小澤一郎氏の『サッカー選手の正しい売り方 移籍ビジネスで儲ける欧州のクラブ、儲けられない日本のクラブ』(筆者のレビュー)では、環境面からのアプローチとしてJリーグの移籍に関する問題点の指摘や提言がまとめられている。

  



tags 小澤一郎, 日本はバルサを超えられるか, 村松尚登, 育成

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プロフィール

profile_yohei22 yohei22です。背番号22番が好きです。日本代表でいえば中澤佑二から吉田麻也の系譜。僕自身も学生時代はCBでした。 サッカーやフットサルをプレーする傍ら、ゆるく現地観戦も。W杯はフランスから連続現地観戦。アーセナルファン。
サッカー書籍の紹介やコラム、海外現地観戦情報をお届けします。

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