サッカーの試合の中にフラクタルが存在することを実証。

2014年2月、山梨大学の木島章文准教授、同大の島弘幸准教授、北海道大学の横山慶子博士研究員、名古屋大学の山本裕二教授による論文Emergence of self-similarity in football dynamics(英語、PDF)がEuropean Physical Journal Bにオンライン掲載された。
日本語のプレスリリース(PDF)

横山慶子研究員と山本裕二教授は2011年にも論文「サッカーゲームにはハブがある」を発表しており、サッカーと複雑系科学の関係を実証的に明らかにする先進的な研究をしている。
参考:[書評] サッカーゲームにはハブがある

今回発表された論文では、サッカーの試合における複雑なダイナミクスの中にフラクタルが存在することを実証した。

フラクタルといえばヴィトル・フラーデ教授による戦術的ピリオダイゼーション理論にも登場する概念。フラーデ教授は「サッカーはカオスであり、かつフラクタルである」という言葉を残しているが、ここでいうフラクタルと本論文におけるフラクタルは含意レベルが異なっている。

戦術的ピリオダイゼーション理論では、プレーモデルが金太郎飴のように浸透している(自己相似系で表出する)といった意味合いや、トレーニングと試合では同じ状況が出現するようにオーガナイズする必要があるといった文脈でフラクタルという言葉が使われている。

一方で本論文におけるフラクタルはよりアカデミックだ。本エントリーで論文の内容を紹介したい。

フラクタルはどこに出現するのか

研究グループでは、サッカーで対戦する両チームの「支配領域」の前線位置とボールの位置についてのデータを取得した。対象の試合は2008年のクラブワールドカップのガンバ大阪VSアデレード・ユナイテッドおよび2011年のJリーグの浦和レッズVS横浜Fマリノスの2試合である。

支配領域については執筆者のグループが作成したこの動画を参考にしてほしい。

1人の選手の支配領域を20メートル(ピッチの横幅68メートルを3〜4人でカバーするため)と仮定し、ピッチ上の22人の影響力を時系列に表現したものである。

サッカーには「流れ」が存在し、また「相手を押し込む」などの表現があるが、それを可視化したものであると考えればよい。

この支配領域の変動における前線位置(frontline)の時系列の変化をグラフに取ると下図のようになる。

fractal01.jpg
前述の論文P.5のFig.3から引用


一見無造作な波形に見えるが、実はそうではない。次のグラフを見てほしい。異なる時間帯の波形を横幅3倍、さらに3倍と順に拡大して示したものである。これを見ると、横幅が異なるにもかかわらず、波形が似ていることが分かる。ここに自己相似形(フラクタル)が出現しているのである。

fractal02.jpg
前述の論文P.5のFig.4から引用


また、この波形が増加や減少、つまりどちらかのチームが押し込んでいる状態は持続性があり、その時間は2,30秒ということも判明している。さらに、押しこむ際には0.5秒〜5秒くらいはべき乗則に従うように一気に押しこむことが特徴として見られ、それ以降は2,30秒まではゆるやかに流れが持続する動きが確認されている。

サッカーに流れがあることや、一気に押しこむ様子が見られることは経験的に知っていることであるが、それを学術的に証明したことに価値がある。

より学術的に言えば、非整数ブラウン運動に準拠(読み飛ばし可)

上述のグラフを紐解くと、前線位置(frontline)の変動は非整数ブラウン運動に準拠していると論文で結論づけている。

非整数ブラウン運動とは、自己相似性や長期依存といった特性を持つ確率過程(時間とともに変化する変数)のことである。その波形はハースト指数(H)と呼ばれる値で決定され、0<H<0.5では持続性はなく、0.5<H<1で長期依存(持続性)が確認できる。論文で示された前線位置(frontline)に関する波形のハースト指数は0.7であり、長期依存があることが分かる。また同時に、2ーハースト指数=フラクタル次元であるため、当波形のフラクタル次元は1.3であることも分かる。

有名なコッホ曲線のフラクタル次元は1.26なので、前線位置(frontline)グラフの図形としての特徴(空間のスカスカ度)はコッホ曲線に似ているようである。

koch curve.jpg


フラクタル次元に関してはYahoo知恵袋のこのQAが分かりやすい。コッホ曲線のフラクタル次元がなぜ1.26であるのかの解説が分かりやすく書かれている。

この結果が何に応用できるか

さて、科学に興味がある人は「サッカーゲームにはフラクタルが内在していた!」というだけでワクワクするだろうが、現場レベルではこの知識は現状役に立たない。これを活用できるレベルに押し上げるならば、例えば次のようなことが実証的に明らかになる必要がある。

  • 波形の持続性が30秒を超えた場合には決定機を作り出す確率が高くなる
  • 波形の自己相似性が多く発見されるチームほど勝率が高い
  • 相手チームに波形の自己相似性を作らせないことで被シュート数が少なくなる

上記のようなことが分かれば、波形を作るための前線位置の状態を具体的なポジショニングなどに落としこんで考えることも可能かもしれない。また、(これは現場レベルでは関係ないかもしれないが)ゲーゲンプレスなどのネガティブ・トランジションの手法がなぜ有効なのかの要因を明らかにする一端になるかもしれない。

試合中のデータを精緻に拾うことが可能になり、サッカーを数学的に斬る研究が今後ますます広まっていく。デンマークのサッカー研究者(運動生理学)のヤン・バングスボは「サッカーは科学ではないが、科学が役に立つかもしれない」と言っている。まさにその通りで、科学は現実世界に適用した場合には必ずしも万能ではないが、科学が助けてくれることもある。

本論文のような研究が今後も継続されますように。



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