週刊サッカーマガジンが存在したことを記す記念碑的コラム集。

2013年10月末に週刊サッカーマガジンは20年の歴史に幕を閉じた。その最後の4年間、巻頭コラムを書き続けた編集長の北條聡氏。200週間に渡って毎週コラムを書き続けたという記録が何よりも素晴らしい。巻頭言にこだわった理由として氏はこのように語っている。

とにかく、何かを発信しなければいけない―。そんな考えに至ったのは、編集長になって、しばらく経ってからのことです。熱心な読者の方から、こう言われたのがきっかけでした。
「ほかのヤツらの意見はいいんだよ。サッカーマガジンとして、どう考えてんのか―あんた方の意見もちゃんと書いてくれ、ってこと」
分不相応と知りつつも、巻頭言にこだわるようになったのは、そうした理由からです。(P.2-3から引用)

雑誌の読み手として、僕がまさにこだわっている点がこれである。雑誌としての意見はどうなっているのか。

昨今の雑誌で出版社の内部だけで完結しているものはない。その道のスペシャリストであるライターに執筆を依頼するのが常識である。ただ、ライターも生活があるので一社だけの執筆を請け負うなどということはなく、他誌の執筆も手がけている。すると、どの雑誌でもライターに変わり映えがせず、金太郎飴のような雑誌が多数出来上がることとなる。やがて読者から聞こえてくる言葉がこれである。

「あの雑誌とあの雑誌、何が違うんだよ。」

出版社は工夫をこらし、他誌と差別化しようとしている。発刊ペース、特集、ターゲット層、イケメン(主にウッチーと柿谷)を表紙に、女性アイドルの起用、などなど。

しかし最も大事にしてほしいことが、雑誌としての人格「誌格」である。ライターAはこう言った、ライターBはこう言った、とオムニバス的にまとめるだけであれば、雑誌としての存在意義はほぼないようなものである。

北條氏は、サッカーマガジンとしての意見をとにかく大事にしようとしていた。毎号毎号、特集テーマに沿うように自分の、そしてサッカーマガジンの意見をぶつける。批判や非難は覚悟の上で。まさにサカマガイズムである。200回分のコラム、楽しく読ませてもらいました。

コラムを書く人はオシムとバルサ好きな斜め上から語るロジカルな常識人!?

同じ週刊サッカーマガジンで連載を続けていた武智幸徳氏の『ピッチのそら耳―サッカー的探求術』(筆者のレビュー)、朝日新聞デジタル版で連載を続けている中西哲生氏の『日本代表がW 杯で優勝する日 (朝日新書)』(筆者のレビュー)と、他にもコラム集を読んだが、いくつか著者の共通点を発見した。

まず、定期的にコラムを書き続けることができるくらいなので、意見がロジカルで突拍子もないことを言う人ではない。きっと常識人である。短い文字数の中で自分の意見を押し込むために、端的にまとめる能力にも秀でている。

次に、視点がやや斜め上であることが多い。常識的に語るだけでは差別化ができないので、ロジカルに導き出した解を提示した上で天邪鬼的に「でも自分はこっち」というように斜め上からの主張を押し出す。

そして、オシムの言葉に惹かれ、コラム登場回数が多い。また、ロジカルに突き詰めるとバルサのサッカーが至高という結論からなのか、バルサも何度となく登場、引用される。毎週書いているとネタもなくなるので、オシムやバルサは良いインスピレーションを与えてくれるということなんでしょう。ありがたい存在。

 

連続でコラムを読み、思考の筋の変化を愉しむ

200回も連続でコラムを読むと、思考、志向、嗜好が読み取れておもしろい。

週刊サッカーマガジンという衣を纏った北條氏は何よりもバルサ好き。そしてFC東京も登場回数が多い。バルサはサッカーを追求すれば避けて通れない教科書であり、集客効果も見込めるのでなんとなく分かる。東京はなぜだろう。東京にある出版社としてのシンパ?普段読んでなくて分からなくてすみません。

また、2011年2月22日号の長友のインテル移籍を綴った「アジア発ビッグクラブ行き チケットは『汗血馬』―」、2011年8月2日号のなでしこのW杯優勝を綴った「伝説のなでしこ 21人のヒロイン」では200回の中でも最高の熱を押し出している。にもかかわらず、香川のマンチェスター・ユナイテッド移籍の際にはコラムに登場すらしない。なでしこのオリンピック銀メダルも同様。慣れって怖い。メディアとして、初物がやはり重要ということか。日本がそれくらい高みに登ったということか。

本人も気付いてか気付かずか、お気に入りのフレーズが存在していることもおもしろい。北條氏は、ポゼッションサッカーをする場合には保持すると同時に相手からボールを奪取することが何よりも重要と位置づけている。ポゼッションを語る際にはどうしても「保持」に目がいくので、斜め上から語りたい北條氏らしい。

その「奪取」についてなのだが、2010年あたりでは「ボール奪取力」という表現を使っている。それが2011年になると「ボール回収力」に変化する。この回収という言葉が気に入ったのか、2012年には「電撃回収」という表現でネガティブ・トランジションについて独自の言い回しを使っている。その後しばらく「回収」を使い続けるのだが、2013年になってまた「奪」や「奪取力」という表現に回帰する。この辺りの心境の変化はどのような感じだったのだろうか。連載を続ける人ならではの苦労などあれば聞いてみたい。

2009年からの日本のサッカー史を振り返る

2009年といえば最近のような気もするが、J1でどこが優勝したのか、誰が得点王だったのか、どこが降格したのか、全てを思い出すことは難しい。J1で、J2で、日本代表で、世界のサッカーシーンで、それぞれどんなことがあったのか。当時の世評とともにそれらを振り返ることができるのは何気にありがたい。懐かしい気持ちとともに読むことができる。

北條編集長、約200週間に渡る毎週のコラム執筆、お疲れ様でした。



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