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[書評] ピッチのそら耳


ウィットに富んだ表現で読者をひきつける数少ないサッカー記者のコラム集。

初めて武智幸徳さんを知ったのは日経新聞のコラムだったように記憶している。試合で起こった現象をその場限りの一過性のものとせず、歴史や国民性などまで含めたストーリーとして切り取り、さらにそれをユーモラスに表現していることに衝撃を受けた。それ以来武智幸徳さんのファンとなり、これまで上梓された『サッカーという至福』と『サッカー依存症』も読ませていただいた。特に『サッカーという至福』は今のようにサッカー本が少ない時代(1999年)に刊行されたものでとても重宝したことを覚えている。

そんな武智幸徳さんがサッカーマガジンで連載していたコラムが500回を数えた記念として、編集部で79回をセレクトして書籍の形で世にお目見えしたのが本書である。

東野圭吾的ではなく、伊坂幸太郎的

武智さんの優れているところは、ピッチを見る目や切り口もさることながら、その表現力にあると僕は思っている。

サッカージャーナリストの多くは失礼を承知で言えば、表現自体はそこまで巧くない人もいる。彼ら彼女らはそれを補って余りある「サッカーを見る眼」で読者をひきつけている。

一方で武智さんは修辞技法や比喩の活用など、とにかく表現が巧い。もちろん、サッカーを見る眼もある。邪推だが、他の記者と同じような表現になることを避けているフシもある。

恐れ多くも売れっ子小説家を例えにするのであれば、前者の多くのサッカージャーナリストは東野圭吾的で、武智さんは伊坂幸太郎的だ、という気がする。

ロジカルにストーリーを展開しスッキリとした結末に収斂させていく小説を描くのが巧いのが東野圭吾さんで、ストーリーを意識しつつも1つ1つの文章や単語の表現がユーモラスであることも同時に大事にしているのが伊坂幸太郎さん(だと僕は思っている)。

どちらも到底マネのできるレベルではないが、仮にどちらのほうがマネしやすいかと聞かれたら、多くの人が東野圭吾さんと答えるのではないだろうか。それは、ユーモラスな表現をすることには発想の泉がないと難しいが、ストーリーをロジカルにすることは練習すればできそう(大層なことを言ってすみません)な気がするからである。

武智さんの魅力は、仮に武智さんと同等レベルのサッカーを見る眼があったとしても到底追いつけないような独特の言い回しができることであり、これはサッカー界では稀有な存在であると僕は認識している。

だからこそ武智さんが惹かれるオシム節

そんな武智さんはオシムさんに相当惹かれていたようだ。ご自身がユーモラスな表現力の持ち主であるため、おそらく監督の言葉などに物足りなさを感じたことは数多あることだろう。そこに登場したイビチャ・オシムという異才の持ち主。

2003年4月2日掲載のコラム「厳父のユーモア」でも以下のように語っている。

監督の能力を見ぬくことは至難の業で、世界中のありとあらゆるクラブが監督選びに失敗している。監督選びを生業とする人たちでそうなのだから、オシム監督が成功するかどうかなど私に分かるわけがない。しかし、何だか愉快な人であることはハッキリしている。妙にこの人に、ひきつけられてしまうのだ。
3月15日のナビスコカップ、市原ーC大阪戦でのこと。Jリーグでは、ハーフタイムに両チームの監督が選手にどんな話をしたか、後半が始まるころにプレスリリースが回ってくる。この試合で配られた紙を見て、思わず微苦笑を誘われた。そこにはオシム監督の話として「私の長い経験からいって、このままチャンスを失い続けると負ける」と書いてあった。
Jリーグが発足して11年目を迎えたが、ハーフタイム・コメントで、こういうものを見たのは初めてである。試合は本当に市原が1−2で逆転負けした。(P.14から引用)

煮ても食えないようなオシムさんのコメントの数々。武智さんはほくそ笑みながらその1つ1つを噛み締めていたのではないだろうか。79回に厳選されたコラムでもオシムさんは何度か登場するくらいだから、500回でいえば相当数登場しているのかもしれない。

本書を読んで、残りの421回およびそれ以降も読みたくなる

毎週コラムを書き続けそれを500週間も続けるとはとんでもない偉業だと感じるわけだが、それを謙遜して表現している「はじめに」の武智さんの言葉もまたいい。

これだけ長く続けられたのは本人の努力、節制の賜物では一切なく、しみじみ思うのはサッカーというゲームの素晴らしさです。サッカーには一つとして同じゲームがない。毎試合、何かしら違っているから、書く内容を無理をしなくても、何かしら違ったものになる。サッカーのそういう奥深さにどれだけ救われてきたか知れません。(P.3から引用)

本書は79回分のコラムを以下の4部で構成している。

  1. Jのある風景
  2. 代表となでしこ
  3. ハーフタイム
  4. 海外を愉しむ

Jリーグも、代表も、海外も、サッカーを取り巻くエトセトラも、すべて武智さんらしさが出ていて読み応えがある。かといって1つのコラムは3ページ程度なのでしつこくなく、さらっと読むことができる。

これが毎週読めるなんて、サッカーマガジン、やるなぁ。ちょっと買ってみたくなりました。




tags ピッチのそら耳, 武智幸徳

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プロフィール

profile_yohei22 yohei22です。背番号22番が好きです。日本代表でいえば中澤佑二から吉田麻也の系譜。僕自身も学生時代はCBでした。 サッカーやフットサルをプレーする傍ら、ゆるく現地観戦も。W杯はフランスから連続現地観戦。アーセナルファン。
サッカー書籍の紹介やコラム、海外現地観戦情報をお届けします。

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