2014年4月の記事一覧

サッカーの試合の中にフラクタルが存在することを実証。

2014年2月、山梨大学の木島章文准教授、同大の島弘幸准教授、北海道大学の横山慶子博士研究員、名古屋大学の山本裕二教授による論文Emergence of self-similarity in football dynamics(英語、PDF)がEuropean Physical Journal Bにオンライン掲載された。
日本語のプレスリリース(PDF)

横山慶子研究員と山本裕二教授は2011年にも論文「サッカーゲームにはハブがある」を発表しており、サッカーと複雑系科学の関係を実証的に明らかにする先進的な研究をしている。
参考:[書評] サッカーゲームにはハブがある

今回発表された論文では、サッカーの試合における複雑なダイナミクスの中にフラクタルが存在することを実証した。

フラクタルといえばヴィトル・フラーデ教授による戦術的ピリオダイゼーション理論にも登場する概念。フラーデ教授は「サッカーはカオスであり、かつフラクタルである」という言葉を残しているが、ここでいうフラクタルと本論文におけるフラクタルは含意レベルが異なっている。

戦術的ピリオダイゼーション理論では、プレーモデルが金太郎飴のように浸透している(自己相似系で表出する)といった意味合いや、トレーニングと試合では同じ状況が出現するようにオーガナイズする必要があるといった文脈でフラクタルという言葉が使われている。

一方で本論文におけるフラクタルはよりアカデミックだ。本エントリーで論文の内容を紹介したい。

フラクタルはどこに出現するのか

研究グループでは、サッカーで対戦する両チームの「支配領域」の前線位置とボールの位置についてのデータを取得した。対象の試合は2008年のクラブワールドカップのガンバ大阪VSアデレード・ユナイテッドおよび2011年のJリーグの浦和レッズVS横浜Fマリノスの2試合である。

支配領域については執筆者のグループが作成したこの動画を参考にしてほしい。

1人の選手の支配領域を20メートル(ピッチの横幅68メートルを3〜4人でカバーするため)と仮定し、ピッチ上の22人の影響力を時系列に表現したものである。

サッカーには「流れ」が存在し、また「相手を押し込む」などの表現があるが、それを可視化したものであると考えればよい。

この支配領域の変動における前線位置(frontline)の時系列の変化をグラフに取ると下図のようになる。

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前述の論文P.5のFig.3から引用


一見無造作な波形に見えるが、実はそうではない。次のグラフを見てほしい。異なる時間帯の波形を横幅3倍、さらに3倍と順に拡大して示したものである。これを見ると、横幅が異なるにもかかわらず、波形が似ていることが分かる。ここに自己相似形(フラクタル)が出現しているのである。

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前述の論文P.5のFig.4から引用


また、この波形が増加や減少、つまりどちらかのチームが押し込んでいる状態は持続性があり、その時間は2,30秒ということも判明している。さらに、押しこむ際には0.5秒〜5秒くらいはべき乗則に従うように一気に押しこむことが特徴として見られ、それ以降は2,30秒まではゆるやかに流れが持続する動きが確認されている。

サッカーに流れがあることや、一気に押しこむ様子が見られることは経験的に知っていることであるが、それを学術的に証明したことに価値がある。

より学術的に言えば、非整数ブラウン運動に準拠(読み飛ばし可)

上述のグラフを紐解くと、前線位置(frontline)の変動は非整数ブラウン運動に準拠していると論文で結論づけている。

非整数ブラウン運動とは、自己相似性や長期依存といった特性を持つ確率過程(時間とともに変化する変数)のことである。その波形はハースト指数(H)と呼ばれる値で決定され、0<H<0.5では持続性はなく、0.5<H<1で長期依存(持続性)が確認できる。論文で示された前線位置(frontline)に関する波形のハースト指数は0.7であり、長期依存があることが分かる。また同時に、2ーハースト指数=フラクタル次元であるため、当波形のフラクタル次元は1.3であることも分かる。

有名なコッホ曲線のフラクタル次元は1.26なので、前線位置(frontline)グラフの図形としての特徴(空間のスカスカ度)はコッホ曲線に似ているようである。

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フラクタル次元に関してはYahoo知恵袋のこのQAが分かりやすい。コッホ曲線のフラクタル次元がなぜ1.26であるのかの解説が分かりやすく書かれている。

この結果が何に応用できるか

さて、科学に興味がある人は「サッカーゲームにはフラクタルが内在していた!」というだけでワクワクするだろうが、現場レベルではこの知識は現状役に立たない。これを活用できるレベルに押し上げるならば、例えば次のようなことが実証的に明らかになる必要がある。

  • 波形の持続性が30秒を超えた場合には決定機を作り出す確率が高くなる
  • 波形の自己相似性が多く発見されるチームほど勝率が高い
  • 相手チームに波形の自己相似性を作らせないことで被シュート数が少なくなる

上記のようなことが分かれば、波形を作るための前線位置の状態を具体的なポジショニングなどに落としこんで考えることも可能かもしれない。また、(これは現場レベルでは関係ないかもしれないが)ゲーゲンプレスなどのネガティブ・トランジションの手法がなぜ有効なのかの要因を明らかにする一端になるかもしれない。

試合中のデータを精緻に拾うことが可能になり、サッカーを数学的に斬る研究が今後ますます広まっていく。デンマークのサッカー研究者(運動生理学)のヤン・バングスボは「サッカーは科学ではないが、科学が役に立つかもしれない」と言っている。まさにその通りで、科学は現実世界に適用した場合には必ずしも万能ではないが、科学が助けてくれることもある。

本論文のような研究が今後も継続されますように。



tags ゲーゲンプレス, フラクタル, 戦術的ピリオダイゼーション理論, 自己相似性, 複雑系, 非整数ブラウン運動

4月21日に御茶ノ水で開催された畑喜美夫氏による「ボトムアップ理論で子どもの自主性を伸ばす!!」セミナー(主催:ジュニアサッカーを応援しよう)を聴講してきました。自主性を開放するアプローチとして有効なボトムアップ理論についてセミナーを通じて改めて考えたことをまとめておきます。

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ボトムアップ理論とは何か

ボトムアップ理論については拙ブログのボトムアップ理論はプレイヤーズ・ファーストを具現化する新しい指導の形に詳しく書きましたのでよろしければご覧ください。冒頭の紹介を引用しておきます。

プレイヤーは練習メニューから公式戦に出場するメンバー、戦術、選手交代などをすべて自ら決定していく。指導者は必要に応じて問題提起などを対話を通じて行いながら、プレイヤーの可能性を引き出すファシリテーターとして機能する。

こういった選手の自主性は部活の中だけで養われるものではなく、日常生活すべてを通じて涵養されるものです。普段から自主的に動けない選手が部活や試合の中で突然自主的になれるはずがありません。畑さんもセミナーの中で次のようにおっしゃっていました。

サッカーはサッカーだけで上手くなるのではなく、サッカーは日常生活を含んだ全てで上手くなる。

ところがこれを聞いて「なんか聞いたことあるフレーズに似ているぞ」と思った方も少なくないのではないでしょうか。そうです、村松尚登さんが戦術的ピリオダイゼーション理論を説明するときに使われている「サッカーはサッカーをすることで上手くなる」というキーフレーズです。ちょうど畑さんのセミナーの1週間前に村松さんの「バルサ流育成メソッドを学ぶ!」セミナー(筆者のセミナーレポート)を聞いたばかりということもあり、両氏の主張にどのような違いがあるのか自分なりに考えてみました。

戦術的ピリオダイゼーション理論で取り扱っている要素は拡張要素

まず、戦術的ピリオダイゼーション理論について簡単な図をもとに整理してみます。

戦術的ピリオダイゼーション理論では、サッカーを要素還元的に分解するのではなく総体として捉えることを提唱しています。つまり、技術、戦術、フィジカルといった要素を個別に鍛えてもサッカーという複雑系システムをプレーするためには十分ではないということです。非線形的な言い方をすれば、「全体とは部分の総和以上の何かである」ということになります。

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ここで取り扱っている総体としての「サッカー」に含まれている技術、戦術、フィジカルなどは、練習をすることで積み上げていくことができます。積み上げようとトレーニングをすれば、積み上げの程度に差こそあれ、「減る」ということはありません。

つまり、戦術的ピリオダイゼーション理論で取り扱っているのは、トレーニングをすることで積み上げていくことができる「拡張要素」であるということができます。

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ボトムアップ理論で取り扱っている要素は平衡要素

次に、ボトムアップ理論です。

ボトムアップ理論では、サッカーは日常を含めた一連の活動の一部として捉えます。日常生活の中で準備をする大切さを体感したり心を整えたりすることでサッカーに臨む質も高まる、という位置づけです。

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ここで取り扱っているのは技術、戦術、フィジカルなどではなく、それらをトレーニングするための姿勢やモチベーション、試合における平常心など「気持ち」に分類されるものです。気持ちとは皆さんご存知の通り、トレーニングすれば必ずしも積み上がっていくものではなく、増えたり減ったり、上がったり下がったりすることが通常です。

つまり、ボトムアップ理論で取り扱っているのは、必ずしも積み上げることができない「平衡要素」であるということができます。

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両者は異なる要素にアプローチしている

ここまでの整理で分かるように、戦術的ピリオダイゼーション理論とボトムアップ理論は扱っている領域が異なります(もちろん、戦術的ピリオダイゼーション理論でメンタル面のトレーニングもできていると思いますが、ここでは中心的に取り扱っている領域という意味で書いています)。ですので、どちらが優れている/劣っているといった比較ができるものではありません。

畑さんはボトムアップ理論を推奨する理由として『子どもが自ら考えて行動する力を引き出す 魔法のサッカーコーチング ボトムアップ理論で自立心を養う』(筆者のレビュー)にて次のように語っています。

近年、指導者の大半がテクニックや技術論、戦術論にばかり目がいって、チーム指導のベースとなる組織論についておざなりにされている方が多いと思います。インターネットで検索すれば、バルセロナやマンチェスター・ユナイテッドの技術指導の情報は、簡単に手に入れることができます。世界中の強豪チームの指導方法も知ることができます。

でも、その通りに指導したら、どこでもバルセロナやマンチェスター・ユナイテッドのようなチームになれたら苦労はありません。全国の指導者はもう頭打ちの状況で、何か打開策はないか悩まれているんだと思います。

ですから、話題のテクニックや技術論、また戦術論に飛びつきがちですが、大切な指導目的や哲学、組織論について、いま一度、見直しが必要ではないかと思います。(P.130-131から引用)

企業経営においてもモチベーションやコミットメントなどは永遠の課題です。皆さんご存知のことと思いますが、誰かに「やる気を出せ」と言われてやる気が出る人がいないことから分かるように、平衡要素は意図的にコントロールすることが難しい要素です。人々の気持ちにアプローチするのは非常に困難が伴うのです。

ボトムアップ理論が昨今注目されているのは、サッカーにおいてこれまでなかった「平衡要素」にアプローチするメソッドであるからです。技術や戦術だけを取り扱っても何かが足りない。そう気付き始めている潮流にボトムアップ理論がピタリとハマった、そんな感じだと思います。

サッカーが好き、その気持ちを忘れないために

雨で部活が休みになって「やったー!」と喜ぶ。これは本来的に何かおかしいはずです。そもそもサッカーが好きでサッカーをやっているのに、それができなくなって喜ぶとは本末転倒です。畑さんもこれはなにかおかしいとセミナーでおっしゃっていました。

サッカーをやりたいという内発的動機づけをどうにかして呼び起こす。これは週の練習回数や練習時間なども影響していると思いますが、サッカーをプレーしている人がいま一度「サッカーが好き」という原点に立ち返ることができれば、日本のサッカーシーンも様変わりするのではないでしょうか。

ボトムアップ理論は万能ではありませんが、その世界観は知っておいて損はないと思います。


セミナーで話していたことと概ね似た内容が2枚組のDVDとして販売もされています。
1枚目が理論的な背景などの紹介、2枚目が畑さんと他2名の方による座談会でボトムアップ理論についてざっくばらんに語っている内容となっています。



tags プレイヤーズファースト, ボトムアップ理論, 平衡要素, 戦術的ピリオダイゼーション理論, 拡張要素, 畑喜美夫, 自主性

4月14日に大井町にて「バルサ流育成メソッドを学ぶ!」と題した村松尚登氏のセミナー(主催:ジュニアサッカーを応援しよう)が開催されたので最前席に陣取って聞いてきました。簡単に内容を紹介し、最後に考察を加えたいと思います。

内容は書籍の紹介も含めた3部構成

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セミナー開催まではスクリーンには村松さんが監修した『バルセロナの哲学はフットボールの真理である』が大きく投影されていました。そしてセミナーも本書の内容を中心に以下のように3部構成で展開されました。

  1. 『バルセロナの哲学はフットボールの真理である』の内容紹介
  2. 『バルセロナの哲学はフットボールの真理である』の練習メニュー解説
  3. 日本の育成年代にスペインの育成メソッドは応用できるのか

1部に関しては、拙ブログにて『バルセロナの哲学はフットボールの真理である』のレビューを書いていますのでそちらをご覧いただければ良いかと思います。セミナーでは村松さんが本書内で印象に残った言葉をスクリーンに投影しながら解説する流れでしたが、僕がレビューで引用した箇所と概ね同じでした(嬉しい!)。

特に村松さんが繰り返し強調していたのは「自己組織化」「サッカーをシンプル化してはいけない」「明確なのは、何も明確ではないということ」といった複雑系に関するワードです。リージョの言葉もよく引用されていました。

それを踏まえて、2部では本書内で紹介されている練習メニューについて動画を用いて解説がなされました。基本的にはフリーマンを活用したポジションゲームが多く、ポジションゲームを実施する狙いを以下のようにまとめていました。

  • ボール保持者に1枚ディフェンスがつけば周囲には必ずフリーの選手がいることを認識させること
  • 奥行きのあるポゼッションを意識させること

ただ、フリーマンを活用したポジションゲームは実際の試合の環境とは異なるため、「サッカーはサッカーをすることでうまくなる」という村松さんのキーメッセージとは若干ずれています。このことをご本人も認識しながら、それでも上記2点を狙いとするために重要だとおっしゃっていたのが印象的でした。

そして3部では、これらのスペインのトレーニングメソッドを日本で適用したらどうなるか、という村松さんの実体験による考察が紹介されました。

日本での応用、福岡でうまくいき、水戸では・・・

結論から言えば、福岡のバルサスクールではスペインのメソッドがうまくいき、現在担当している水戸ホーリーホックでは必ずしもうまくいっているとはいえない状況とのことです。

その理由を要素還元的に示すことは難しいものの、最たる理由として対象の世代の相違を挙げていました。福岡はJr.世代であったのに対し、水戸はJr.ユースです。Jr.世代はまだスポンジのように新しいことでも何でも吸収してくれますが、Jr.ユース世代はある程度習慣化されたプレーが身についてしまっており、その状態で新しくスペイン流といっても難しさがあると感じているようでした。

そのため、現在は映像を活用したり身体の使い方の矯正を施しながら工夫をしてトレーニングに取り組んでいる真っ最中とのことです。

プレイヤーズファーストとはなんだったのか

さて、ここからは僕の考察です。『バルセロナの哲学はフットボールの真理である』にもたびたびメッセージが登場するリージョによれば、フットボールは選手中心。選手にそぐわないプレーモデルをコーチが押し付けるのはナンセンスと口酸っぱく言っています。

また、その裏表として、4番(ピボーテ)の選手はずっと4番なのだから、選手の獲得時点で4番の選手を連れてくる必要があるとも言っています。

であれば、習慣化されたプレーが身についたJr.ユース世代に新しいプレーモデルを教えこむのは誤っているのではという疑問が浮かびます。プレイヤーズファーストではないのか、と。

そこで、セミナーの質問コーナーで真っ先に上記の疑問について質問してみました。それに対する村松さんの回答は概ね以下のようなものでした。

その疑問に関しては自分も何度も自問自答した。確かに、習慣化されたプレーを大事にしてプレーモデルを構築したいという気持ちもある。ところが、そういった選手たちが自分たちの最高のパフォーマンスを出しきっているかといえば決してそうではない。選手たちがギリギリのプレーをしているのであれば、それを最大限尊重したい。しかし、実際はもっと良いパフォーマンスを出せるのに、それを知らないから出せていないように思える。なので、選手たちがパフォーマンスを発揮できるように教えることを優先した。

この回答は村松さんの熱がこもっていたこともありますが、非常に納得的でした。もともと僕もこの考え方に近いです。プレイヤーズファーストは聞こえは良いですが、完全にプレイヤー優先にすることはある意味「指導放棄」にもなりかねません。『日本はバルサを超えられるか』(筆者のレビュー)において村松さん自身以下のように語っています。

まったく教えないというのは指導放棄になってしまいます。単に放置するだけでは基本の習得すらままならず、子どもの遊びの延長になってしまう危険性もある。そのためにも選手が自らトレーニングをオーガナイズできるためのノウハウの提供は必要で、もしかすると自分たちでトレーニングを組み立てる選手たちを対象とした「指導者選手講習会」の需要が出てくるかもしれません。
(中略)
私が今春まで指導していたバルサスクールでは、誤解を招くかもしれませんが「教えすぎている」と言っていい状態です。ただしそれは、ゲーム形式の練習を通じて、判断材料を与え、教育するという感じの詰め込みで、一般的なつめ込み指導とは異なると自負しています。(P.66-67から引用)

帰納だけに頼ってはならず、演繹的な視点も用いることによってアブダクション(仮説推論)が生まれます。その止揚のポイントを探る事こそが指導の模索なのだと思います。拙ブログの教えずに気づくのを待つのか、教えて気づきに足場をかけてあげるのかにも考察がありますのでよろしければ参照ください。

認知、判断、実行という汎用性

村松さんもセミナーの中で「レベルが高い選手は(プレーモデルの変化にも)適用可能」とおっしゃっていました。ここでいう「レベル」とは、認知、判断、実行のうちの認知や判断に優れているという意味合いだと思います。認知や判断が高いレベルでできれば、どのようなプレーモデルにも適用可能というのはまさにその通りだと思います。だからこそ、最近のサッカー指導では認知、判断、実行と教えています。

『ドイツ流攻撃サッカーで点を取る方法』(筆者のレビュー)では以下の記述があり、まずはフィロソフィ(プレーモデル)に縛り付けないことが大事と強調しています。

16歳までは選手を指導者のフィロソフィー(哲学)にしばりつけるのは避けるべきで、まずは選手が多くのオプションを持てるように指導し、そしてそのオプションを試合中にフレキシブルに応用できるように育てるべきです。選手が学んだオプションを試合で有効に使うためには、一瞬の状況判断のスピードをあげられるような実戦的なトレーニングが必要です。選手たちが状況に応じてフレキシブルに対応し、選手自らが応用できるようになることが重要なのです。(P.7から引用)

村松さんが水戸ホーリーホックで直面しているのは、認知や判断が(高いレベルで)できていないJr.ユース世代に対する指導の難しさではないかと邪推しています。テクニック主導でJr.ユースまで成長してきたため、応用が効きにくいということではないかと。

これらのことから育成年代への指導で大切なことを大局的に捉えれば、以下の2点に集約できると僕は考えます。

  • プレイヤーと指導者がそれぞれ帰納と演繹、ボトムとトップの両者から意見を綜合(≠総合)すること
  • プレーモデルに影響されない認知、判断、実行のプロセスを徹底すること


村松さんの書籍は他にもオススメがありますので興味があれば手に取ってみてください。『FCバルセロナスクールの現役コーチが教えるバルサ流トレーニングメソッド』(筆者のレビュー)は判断ができるようなトレーニングメニューを紹介しています。『テクニックはあるが「サッカー」が下手な日本人』(筆者のレビュー)は戦術的ピリオダイゼーション理論について詳しく知ることができます。

 



tags バルサ流育成メソッド, プレイヤーズファースト, プレーモデル, 戦術的ピリオダイゼーション理論, 村松尚登, 自己組織化, 認知、判断、実行


アーセナルの哲学を彩ったメモワール。

ワールドサッカーキング2014年5月号はガナーズスタイル、アーセナル一色である。グーナー(アーセナルファン)のためのファンブック的な位置づけ。このような特集を組んでくれたサッカーキングに感謝。
(※筆者はアーセナルファンですので本エントリーは色眼鏡で見ていただけるとありがたいです)

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中心的な話題であるインビンシブル

2013-14シーズン序盤はプレミアリーグ首位を快走、チャンピオンズリーグでは14シーズン連続で決勝トーナメント進出とここ数シーズンとは違うぞというところを見せてくれていた。ところが2014年4月現在、プレミアリーグでは5位とCL圏外にまで順位を下げ、CLも敗退。例年はシーズン終盤に粘ってCL圏内をキープしてただけに、今シーズンの落ち込みには目を覆うばかり。かろうじてFAカップだけは決勝に残り、8シーズンぶりのタイトルには手が届きそうというのがせめてもの救いである。

8シーズンタイトルから遠ざかっているため、アーセナルの話題となると現在進行形のシーズンではなく03-04シーズンに無敗優勝を飾った「インビンシブルズ(無敵)」が中心になってしまう。本誌でもつい注目してしまうのはアンリ、ピレス、ベルカンプらの黄金時代のメンバー、そしてヴェンゲルである。

サッカーキングが実施した緊急アンケート「ベスト・オブ・アーセナル」における最も好きな選手ランキングは以下のとおり。やはりインビンシブルズのレジェンドたちが上位に名を連ねている(太字がインビンシブルズのメンバー)。

  1. ティエリ・アンリ
  2. デニス・ベルカンプ
  3. セスク・ファブレガス
  4. ロベール・ピレス
  5. ロビン・ファン・ペルシー
  6. トマーシュ・ロシツキー
  7. メズート・エジル
  8. フレドリック・リュングベリ
  9. パトリック・ヴィエラ
  10. アンドレイ・アルシャビン

ヴェンゲルの最大の功績

インビンシブルズはプレミアリーグ発足20周年記念アワードで「歴代最高」に選ばれた伝説的なチームであるが、ベンゲルは自身の功績をこのインビンシブルズだけには求めていない。曰く、安定した成績こそが功績であるとのことである。

では、この18年間でヴェンゲルの最大の功績は何だったのか。それは、本人いわく18年間の安定した成績だという。ヴェンゲルが監督に就任してから、アーセナルは17シーズンにわたって常にトップ4の座を守ってきた。それ以前に最も長い期間4位以内を維持したのが1930~35年のわずか5シーズンだったことを考えると、確かにこれは驚異的な記録だ。(P.8から引用)

また、ヴェンゲルのすごさはリーグの順位だけに表れるものではない。『ヴェンゲル・コード』(筆者のレビュー)にはヴェンゲルの能力を「カネを遣う能力と価値を引き出す才能」(P.192から引用)と表現している。

アーセナルはオイルマネーやパトロンからの巨額マネーからは無縁でありファイナンシャル・フェアプレーでも優等生。それでいてヨーロッパでトップレベルを維持できているのはヴェンゲルが若い才能を発掘し、育てあげていることが大きい。

ワクワクさせてくれるアーセナルの復活なるか

エジル、カソルラ、ウィルシャー、ラムジー、ロシツキーなどアーティスティックな中盤を構成できるメンバーは揃っている。それに加えウォルコットやチェンバレンなどの飛び道具もあり、闘将フラミニも中盤の底で待ち構える。コシールニーやメルテザッカーなど門番も揃っている。シティやチェルシーに比べて足りないのは全体的な層の厚さとCFの存在か。

今シーズンFAカップを獲れば「●シーズン無冠」というレッテルからは逃れることができる。この言葉がクラブのプレッシャーになっていたことは確か。まずはFAカップを獲り、CFを補強して来シーズンに備えてほしい。そのためにも、4位以内を死守してCL出場を勝ち取ることも必要だ。

ヴェンゲルは自分が辞めると言わない限りはアーセナルの監督であり続けると思う。ファンも総意としてはそれを容認するだろう。どうにか、ヴェンゲル体制でもう一度プレミアリーグ制覇を。次に特集されるときは優勝記念であってほしい。



tags アーセナル, インビンシブルズ, ガナーズ, ワールドサッカーキング, ヴェンゲル


初学者のためのトレーニングメニューの紹介。

本書は主にお父さんコーチをはじめとするコーチ初学者のためのトレーニングメニュー本である。ただ、初学者向けだからといって単純なメニューを紹介しているわけではなく、村松尚登氏らしくほとんどのメニューが状況判断を伴ったものとなっていてサッカーの本質を実践的にトレーニングできる内容となっている。

自分でメニューを作ることが難しい初学者はまずは本書のような書籍を参考にしてメニューを模倣し、少しずつ中級者向けの書籍を用いてメニューをアレンジしたりするのが良い。中級者向けとしては例えば以下の書籍が参考になる。

 

戦術的ピリオダイゼーション理論とは何か

本書では冒頭のP.16-27を用いて戦術的ピリオダイゼーションについての説明がなされている。ただし著者の村松尚登氏も言うように、読み飛ばし可である。

この理論を知らなければ本書で紹介しているトレーニングメニューを実践に移せないというわけでは決してありませんから、この理論編を飛ばしてトレーニングメニューに進んでいただいても全く差し支えはありません。(P.16から引用)

戦術的ピリオダイゼーションとは、サッカーを要素還元主義的に捉えずに複雑系として捉え、サッカーで必要なテクニックなどは単体で取り扱うのではなくコンテクスト(文脈)といっしょに取り扱わなければ意味がないということを謳う理論である。

このことを理論の提唱者であるビトール・フラデ教授は「サッカーはカオスでありフラクタルである」と表現し、村松尚登氏は「サッカーはサッカーをすることで上達する」とキーメッセージにまとめている。

筆者が小学生のころはコーンを並べてジグザグドリブルの練習をよくさせられたものだが、こういった練習はサッカーに必要な状況判断やプレッシャーがないため、戦術的ピリオダイゼーション理論に則ればあまり意味のないものということになる。村松尚登氏も「はじめに」で次のように語っている。

本書に記載されているトレーニングメニューは、単調な反復練習ではなく、「サッカーをやりながらサッカーを学ぶ」、つまり決められたとおりの方法でトレーニングをこなすのではなく、状況判断のある環境の中で取り組むことを意図としています。サッカーでは常に状況判断が求められます。皆さんは、2人組のパス交換やコーンを並べたドリブル練習など、実はサッカーの"重要な要素"が欠けている反復練習を子どもたちに課していませんか?(P.2-3から引用)

こういった考え方に少しでも賛同できるのであれば、ぜひ本書のトレーニングメニューを試してほしい。状況判断を伴ったテクニック、攻守の切り替え、疲れているときの攻め方守り方などが網羅されており、まさに「サッカーはサッカーをすることで上達する」を地でいく内容ばかりである。

チームとして大事なのはプレーモデルの構築

また、同理論ではチームを強化するために最も大切なのはプレーモデルであると説いている。

プレーモデルとは、そのチームが目指すサッカーとしての全体像、または最終目的を意味します。チームを率いる監督の理想像と考えれば、理解しやすいでしょうか。サッカーはメンバーやコンディション、ピッチの条件や気象条件によって試合展開が大きく変化するスポーツです。このような偶然性の特長を持つサッカーに必然的な法則性を見出すためには、チームとしての方向性、すなわちプレーモデルを設定しなければ、チームを統率するための規律は生まれません。(P.22から引用)

ただし、「どのようなプレーモデルが良いのか」「プレーモデルに適したトレーニングはどのようなものか」といったことまでは本書には書かれていない。プレーモデルはそれぞれのチームで異なるものなので一概には書けないということもあるのだろうが、それでは初学者は困ってしまう。そこで、まずは守備から硬めてカウンターで勝利を狙うようなチームが目指すプレーモデルの構築に役立つのが先にも紹介した『4-4-2ゾーンディフェンス トレーニング編』(筆者のレビュー)である。ゾーンディフェンスの徹底とリスクを踏まえたカウンターによる攻撃を志向するプレーモデルからチーム作りをはじめ、徐々にサイドや中央を使った攻撃を構築するトレーニングが体系的にまとめられている。

ちなみに、戦術的ピリオダイゼーション理論について理解を深めたければ村松尚登氏の『テクニックはあるが、「サッカー」が下手な日本人』(筆者のレビュー)を読むのが良い。村松尚登氏の戦術的ピリオダイゼーション理論との出会いやスペインでのコーチ生活の苦悩などが冒険譚のような形でまとめられており、非常に勉強になる。



tags トレーニングメソッド, トレーニングメニュー, プレーモデル, 戦術的ピリオダイゼーション理論, 村松尚登

これまで書いてきた書評のうち何本かの記事がCOACH UNITEDに掲載されることになりました。

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COACH UNITEDは「すべてのフットボールコーチのためのWEBメディア」をうたい、2014年2月にローンチしたサイトです。ネットメディアを用いたオンラインセミナー(有料)にて、時間や地域に縛られず学ぶことができる環境を提供しています。

無料コンテンツとしてコラム、練習メニューに並んで書籍の紹介コーナーがあり、そこで拙ブログの記事が掲載されることになりました。ちなみにコラムのコーナーではアーセナルサッカースクール市川の代表である幸野健一さんやドイツでサッカーコーチを務める鈴木達朗さんなどそうそうたるメンバーが連載をしていて、見どころ満載です。

一発目に紹介されたのは[書評] 知られざるペップ・グアルディオラ サッカーを進化させた若き名将の肖像です。本書の書評は個人的にも力を入れて書き上げた力作ですので取り上げていただいて嬉しいです。紹介先のCOACH UNITEDではプロフィールに本名も紹介していただきました。

今後も何本か掲載いただけることになっています。引き続き拙ブログをご愛顧いただけると非常に嬉しいです。どうぞよろしくお願いいたします。



tags coach united, コーチユナイテッド, サッカー書籍, サッカー書評, フットボールコーチ

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とある研究所が世間を賑わせているので、ここで研究所とサッカーの同質性から戦術の今後について思考を巡らせてみたい。

素晴らしい発明が生まれる研究環境とは

研究所は通常の営利企業とはいささか趣が異なる存在である。短期的な利益を求めないなどの側面ももちろんその通りだが、最大の相違点は一般的な営利企業であれば大きなユニットで見ればお互いの仕事が連関しているのに対し、研究所では個々の研究者が実施している研究の互いの関係性が薄いということに尽きる。

このあたりの研究環境の話題について、ノーベル物理学賞を受賞した江崎玲於奈氏は次のように語っている。

最も好ましい研究環境を一口でいえば、"組織化された混沌"とでも表現せねばならない。部分的に見れば研究者は自由奔放に仕事を進めているので混沌としているが、研究所全体としてはバランスがとれ、秩序がある状態をいう。

このように相反する言葉を組み合わせて使うことを撞着語法(オクシモロン)という。自然科学も社会科学もこういった自己矛盾について突き当たることが多く、誤謬を発生させずにいかに止揚(アウフヘーベン)するかがキーになっている。

サッカーにおける現代的な戦術とは バルセロナの例

クライフはバルセロナのサッカーを「ボールが的確に選手間を動き続け、選手たちは頻繁にポジションを移すが、チームとしてのバランスは常に保たれる」と表現している。

この状態は上述の研究所における「組織化された混沌」に似ている。個人に着目すると一見秩序だっていない行動をしているように見えるが、全体として俯瞰した場合にはバランスが保たれていることが求められる。自己組織化できている状態である。バルセロナのサッカーをポジションサッカーと呼ぶ所以もここにある。

『リーダーシップとニューサイエンス』にも記述があるように、もの(選手)は単体としては意味をなさず、選手間の関係こそが本質的であるということである。

量子の世界では、関係がすべての決定権を握っている。原子より小さい粒子が形状として観察できるのは、何かほかのものと関係があるときだけだ。独立した「もの」としては存在しない。基本的な「構成要素」はないのだ。(P.25から引用)

自然科学の世界における動的平衡

自己組織化は福岡伸一氏の言葉を借りれば動的平衡である。人間のタンパク質はミクロのレベルで見れば常に入れ替わっているが、人間そのものというマクロのレベルで見れば変化はない。系全体で見れば平衡が保たれており、これもまた「組織化された混沌」である。

活かされるべきは全体か個か

ここまで見てきたように、研究所もサッカーも自然科学も全て「組織化された混沌」に支配されており、オートポイエーシス(自己構成的)である。よって、クライフも言うように、サッカーで大事なことはこの撞着的な状態の中でいかにバランスを保つかということになる。

全体か個かという要素還元的な考えは基本的にはすべきではないが、自然科学的に見れば犠牲になるのは個である(個であり全体でもあるという自己相似性に依れば個と限定するのはまずいかもしれないが)。福岡伸一氏は『生物と無生物のあいだ』において次のように「個」であるタンパク質が犠牲になり人間という秩序を保っていることを示している。

秩序は守られるために絶え間なく壊されなければならない。(P.166)

そう考えたとき、サッカーではプレーモデル(組織)を重要視するのかそれともプレイヤー(個)を大事にするのかという疑問にいきつく。もちろん、どちらかという選択はできないが、具体的なプレーに落とし込んだときにはプレーモデルを優先すべきか迷う場面もあるだろう。

プレーモデルを確立しているように見受けられるグアルディオラが師とあおぐフアン・マヌエル・リージョは「個であり全体である」という全体論を重視しつつも、個が活かさた結果として全体を形作ると語っている点でおもしろい。つまり、プレーモデルのグルと思しき急先鋒の存在が「優先すべきは個である」と言っている。このことをリージョは『フットボールサミット第12回 FCバルセロナはまだ進化するか』(筆者のレビュー)の中で次のように語っている。

才能豊かな選手が増えることによる成長は、チームが成長していく上で重要なポイントになるということ。個々の長所を結びつけることで、集団にうまく還元されていくのである。(P.50から引用)

個が優先されるという考えは一見すると自然科学に抗っているが、果たして。

個人的にはリージョの言うとおり、パラダイムとしては「プレーモデルを破壊しうる個」として個の存在が再注目されつつあるのが現代サッカーの潮流になるかもしれないと感じている。ブラジルワールドカップでスペインやドイツが1人のプレイヤーに引き裂かれることがあればまた世界のサッカーは混沌とした方向に向かうかもしれない。もしくは、それすらも秩序の中に放り込もうとするようなリフレーミングが起こるか。非常に楽しみである。


サッカーにおける自己組織化や再帰性などのニューサイエンスについて興味がある方はオスカル・P・カノ・モレノの著書が参考になる。

『バルセロナが最強なのは必然である』(筆者のレビュー
『バルセロナの哲学はフットボールの真理である』(筆者のレビュー

 



tags アウフヘーベン, オクシモロン, オートポイエーシス, バルセロナ, プレーモデル, 動的平衡, 撞着語法, 組織化された混沌, 自己組織化


サッカー界の裏方の仕事にスポットライトを当てたコミック。

たまにはコミックの紹介を。
キャプテン翼をはじめサッカー選手の活躍を描いたコミックは数多あるが、本コミックでは選手は脇役。主役となるのはレフェリー、クラブ広報、ホペイロ(用具係)、通訳、フィジカルトレーナーといったサッカー界を影から支えるプロフェッショナルたちである。

一話完結型のオムニバスで、プロフェッショナルの仕事を分かりやすく紹介しつつ、冒頭はそれぞれの苦悩を描く。決して簡単な仕事ではないぞ、と訴えかけてくる。大変な仕事でしかもスポットライトが当たるわけでもない。それでもこれらの仕事を続ける理由は何なのか。ラストは、その問いにひとつの解を示すかのようにやりがいを感じている場面で締めくくられる。こういったプロフェッショナルに支えられて毎週当たり前のように行われるサッカーの試合があるんだなと、改めて気づかせてくれる。

2014年4月現在で2巻まで刊行されており、第1巻は藤田俊哉、第2巻は中村憲剛がそれぞれ帯にコメントを寄せている。

裏方の紹介に最適なコミックというジャンル

こういった裏方の仕事を紹介した記事やコラムというものも多数存在している。

例えばホペイロという言葉もサッカー界では最近認知が広まってきており、サッカーキングにもこのような記事がある。
選手に最高の"武器"を用意する人 山川幸則(FC東京 ホペイロ)

フィジカルコーチはその重要性が認知されてきており、むしろ存在感が高まりつつある。コーチ・ユナイテッドにはこのような記事がある。
フィジカルの個人差を無視した不合理性が多くの才能を潰している

もちろんこれらの記事も素晴らしいのだが、裏方の仕事は「そもそもこの仕事とは何か」というところから紹介をはじめなくてはならない。文章は長すぎると(拙ブログのように)敬遠されるきらいもあるので、全てを紹介することが難しいケースもある。

そんなときにコミックというジャンルは最適だ。仕事の概要から苦悩、やりがいまでが一話の中にしっかりと詰め込まれていて、それでいて長さや分かりにくさといったものは一切感じない。

「こんな仕事もあるんだな」というサッカー界の裏方の仕事の理解にもってこいである。

先行オーガナイザーとしての役割

コミックは普段慣れ親しんでいないジャンルへの先行オーガナイザー(新しい知識を学ぶのに先立って提供する枠組み)として機能することを改めて示したともいえる。これは、古文や日本史、世界史などを学ぶ際に先にコミックで概要を理解してから取り組むと理解度が高まることに似ている。

サッカーの戦術も非常に難解な概念なので、コミックで理解できるようなものが出てくればきっと売れると思う。



tags サッカーの憂鬱, サッカーコミック, サッカー漫画, ホペイロ


データがあぶり出すサッカー界の真実。

世はビッグデータブームである。統計学という言葉がこれほどお茶の間で流布したのは初めてのことではないかと思う。理論よりも感情、古典的な経済学よりも行動経済学的なものに傾倒しがちではあるが、データの存在価値が重要視され始めている。

そんな今だからこそ、もう一度読み返したいのが2010年に出版された本書『「ジャパン」はなぜ負けるのか』である。本書はサッカー版の『ヤバい経済学』であり、巷にあふれる噂を統計学の観点からバッサリと斬る科学あふれる内容となっている。

データの有用性とは何か

例えばポゼッションについて考えてみる。チームAとBが対戦し、以下のような結果だったとする。果たしてこの結果から、ポゼッションが高い方が勝つ確率が高いと考えてよいだろうか。

possession.jpg

確かにこの試合だけを見ればポゼッション率が高いチームが勝っている。しかしそれは偶然によるものであるかもしれないと誰もが気づくだろう。

では別の試合、さらに別の試合と調査し続け、100試合を集計した結果、ポゼッション率が高いチームの勝率が8割でしたということに仮になったとしたらどうだろう。ポゼッション率が勝敗に関係あると考えてよさそうである。

ここでポイントになるのは「関係あると考えてよさそう」という極めて主観的な表現である。100試合やって勝率8割なら誰もが関係あると異論はなさそうだが、それでは100試合で勝利7割なら?80試合で勝率7割なら?60試合で勝率6割なら?

段々と意見が分かれていくだろう。この境目はどこにあるのか。それを数学的に明らかにしてくれるのが統計学である。

詳しい説明は避けるが、統計的な検定をかければ、例えば「推定(ポゼッション率が勝敗に関係ある)が棄却される(正しくない)確率は5%未満」といったことが分かる。これを有意水準という。一概に言うことは難しいが、一般的に有意水準が5%未満であれば統計的に有意、つまりその推定は正しいといって差し支えないということになる。

このようにデータを用いて主観ではなく客観的に有意な関係性を明らかにできるところに統計学の強みがある。

ちなみにアンチェロッティも『アンチェロッティの戦術ノート』で言うように、ポゼッション率は勝敗とは関係ないと言われている。

では、勝利を勝ち取るためにはボールポゼッションを高めることが重要なのだろうか?実際のところ話はそう単純ではない。「ボールを保持する」のと「得点を挙げる」のとは、まったく異なることだからだ。
両者の間に直接の連関はない。どんなに長い時間ボールを保持し続けても、敵の守備網を破ってシュートを打たない限り得点を挙げることはできない。逆に、たとえボールの保持時間が短くとも、奪ったボールを素早く敵陣に持ち込んでシュートを打てば、ほんの数秒のうちに得点を挙げることができる。(P.40から引用)

サッカーの真実につながるあらゆるデータ

前置きが長くなったが、本書は統計の力を使ってサッカーにまつわる様々な事象を「正しい」「正しくない」とバサバサ斬りつける内容となっている。

第3章では選手の移籍に関するデータを使って移籍市場を勝ち抜く12のポイントを紹介したり、第5章では黒人選手と白人選手の年俸と成績を用いて差別が存在しているかなどを紹介したりするなど、「なるほど」と思わせる角度からアプローチしている。

第2章の「ジャパンはなぜ負けるのか」は本書のタイトルにもなっている日本語版向けの書きおろしである。イギリス版では本書の12章にある「イングランドはなぜ負けるのか」がタイトル(Why England Lose?)となっており、アメリカ版では「サッカー経済学(Soccernomics)」がタイトルとなっている。

第2章では、統計的に調査すれば代表の試合結果は

  • 国の人口を増やす
  • 国民所得を増やす
  • 代表チームとしての経験値を増やす

という3点でかなりの部分が説明できるとされている。この観点で分析すれば日本は平均で対戦相手を0.75ゴール上回っていておかしくないそうだ。

また、お気づきかも知れないが、本書で用いているデータとは試合におけるスタッツと呼ばれるデータではなく、ピッチ外のデータを使っている。本書内にもこのような記述がある。

この本で私たちは、新しい数字、新しい考え方をサッカーに持ち込みたい。自殺者の数、選手の年俸、国の人口など、サッカーの新しい真実につながるものなら何でも紹介したい。ステファン(筆者注:本書の著者の1人)はスポーツ経済学者だが、これは金に関する本ではない。サッカークラブの存在意義は利益を出すことではない(利益をあげているクラブはほとんどないから、クラブにとってはグッドニュースだ)。クラブがときどき手にする利益にも、私たちはとくに関心がない。むしろ私たちがやろうとしているのは、経済学者のスキル(に加えて地理学や心理学や社会学も少し)を使って、ピッチの中のゲームとピッチの外のファンを理解することである。(P.13-14から引用)

so whatにならないように

このようなデータは数字好きの一部の人にはウケるだろうが、興味を示さない人もいるだろう。それはもっともである。なぜなら、本書のデータ解析には統計学を「何かに役立てる」という観点で使用する際に、決定的なことが欠けているからだ。

『統計学が最強の学問である』では「データをビジネスに使うための3つの問い」として以下が挙げられている。

1.何かの要因が変化すれば利益は向上するのか
2.そうした変化を起こすような行動は実際に可能なのか
3.変化を起こす行動が可能だとしてそのコストは利益を上回るのか
(P.59から引用)

これの2番目を見てほしい。変化を起こすための行動が可能なのか。これが決定的に大事なのである。先ほどの例で言えば、日本を勝たせるために人口を増やすことは個人レベルでは無理だし、国民所得を増やすことも代表の経験値をあげることも無理である。

よって、いくら統計的に相関のあるデータが分かっても変化を起こすための提言すら難しいため、ウンチク留まりになってしまう。

この観点で言えば、試合のスタッツと勝敗や得失点についての統計的な調査があれば、もちろんこの観点でも個人レベルでどうこうすることは無理だが、ポゼッション率、スプリント回数、ディフェンシブサードでのヘディングの競り合いの勝率、縦パスの成功率、などの観点から試合のあれこれについて議論することができるようになる。

数年前までは試合のスタッツを正確に取得することは非常に難しかったが、テクノロジーの進化によって最近ではかなり正確に素早くデータを取得することが可能になっている。

スタッツを用いた統計的な観点による書籍の登場が待たれるところである。



tags 「ジャパン」はなぜ負けるのか, サイモン・クーパー, サッカー経済学, 有意水準, 検定, 統計学


プレーモデル構築のためのトレーニングの教科書。

本書はサッカーの戦術や個人技についてのTipsをまとめたブログfootballhackの管理人silkyskillさんによるKindle本の第二弾である。第一弾『4-4-2ゾーンディフェンス セオリー編』(筆者のレビュー)がまさしく4-4-2のセオリーについてまとめた基本編であるとすれば、第二弾はそれを実践に移すための応用編であると位置づけることができる。

第二弾である本書から読み始めても理解が進むが、第一弾で説明されているゾーンディフェンスのイロハについて順番にトレーニングしていく構成となっているので、より詳しく理解したい場合は第一弾のセオリー編もぜひ手に取ってほしい。
ちなみにセオリー編は、僭越ながら筆者による「2013年に読んだサッカー書籍50冊から選んだ蹴球ファカルティ的ベスト5」でも3位に選ばせていただいた。戦術指南書として至高の一冊である。

技術に先立つ戦術という考え方

サッカーのトレーニングというとテクニックの上達を目的としたものになりがちである。昨今のバルセロナやバイエルンが席巻しているフットボール界ではますますその傾向が強まっている。しかし、バルサのカンテラ指導などにあたったコーチ陣による知のサッカーも言うように、テクニックだけが重要なわけではない。


本書においてもこのような記述がある。

こういったボールを扱う技術も重要ですが、サッカーの基本的な動き方がわからなければ技術を発揮することすらできません。つまり、守備の仕方であったり戦術的な動きというのは技術に先立つのです。(位置No.139/2032から引用)

しかし、言うは易し行うは難しである。

一般的に、戦術的な動きをトレーニングに落としこむ際には2つの問題に直面する。
1つ目は、教える側が戦術的な動きについて理解していなければならないこと。
2つ目は、その戦術的な動きを効果的に学ばせるトレーニングメニューを考案しなければならないこと、である。

そのような悩みを抱えた方はまずは本書から始めてみてはいかがだろうか。

1つ目の問題については第一弾のセオリー編がカバーし、2つ目の問題については第二弾である本書トレーニング編が完璧にカバーしている。以下に、本書の優れた点を紹介する。

プレーモデルの構築までをカバーできる

巷に流布しているトレーニング本でも戦術について指南しているものが多くなってきている。特に、スペースの認知や判断力の向上といったメニューを紹介している良書も増えている。

しかし、本書がそういった書籍と一線を画しているのは、4-4-2ゾーンディフェンスというプレーモデルを構築するための尖ったトレーニング本であるということだ。

なんらかのプレーモデルのための個別のメニューではなく、4-4-2ゾーンディフェンスをするチームを作り上げるためのイロハが全て盛り込まれている。もちろん、4-4-2だけで必要な動きというものはないので、読者の工夫次第で応用すれば様々なシステムに昇華させていくこともできる。

あるシステムについて徹底的に解説(第一弾)し、そのプレーモデルを実践するためのトレーニングをあますところなく紹介(第二弾)しているのは、おそらく本書が唯一の存在ではないかと思う。

簡単なメニューから徐々に難しいメニューへ

ゾーンディフェンスの基本であるディアゴナーレについても、まずは2対2から体得していき、徐々にユニットを拡大して4対2、6対3と練習していくように構成されている。この「ユニットの拡大」は本書のトレーニング構成の基本となっており、ところどころで以下のような記述がある。

ここでも4v2から6v3への発展を用いてユニット拡大馴化トレーニングを実施しましょう。4v2は主にSHとSBのための練習でしたが、今回はボランチやCBのトレーニングにもなります。複雑性と難易度が上がるので16歳以上が適齢といえるでしょう。(位置No.764/2032から引用)

また、易→難という流れと同じくしてトレーニングメニューは守→攻という流れになっている。

セオリー編にも「44ZDは個の能力が低いチームが採用すべき戦術」とある通り、ポゼッションできないチームでもしっかりと守れば勝てるようになるための第一歩としてゾーンディフェンスが位置づけられている。よって、トレーニングはまずは守備のオーガナイズが目的とされている。ただ、もちろん守っているだけでは勝てないので、本書の後半では攻撃についてのトレーニングも徐々に登場する。カウンター、サイドから攻める、真ん中を使うといったように少しずつ内容が高度になっていく。

攻撃のトレーニングの順番については以下の記述が参考になる。

硬い守備組織と鋭く危険な香りがするカウンターアタックが形になってくれば、かなり結果を出せるようになっていると思います。その時点でこんな欲求が選手からもれてくるでしょう。

「俺達は強くなってきているんだからもう少しボールを保持する戦い方をしたい」

これはもっともです、強いチームがボールをより長い時間扱うべきですし、実際そうなります。
(中略)
ショートパスを繋ぐスタイルを目指すと言ったときに、中央を使うイメージしか持っていないと危険です。うまくいかないと大量失点に結びつくからです。はじめはサイド攻撃を中心に組み立てていき、徐々に中央を使えるようにするほうが現実的です。(位置No.1379/2032から引用)

分かりやすい図解

全てのトレーニングについて図入りで詳しく解説されていて非常に分かりやすい。トレーニングのオーガナイズ(ルール)、オーダー(進め方)、ポイントが詳しく書かれているのでトレーニングの進め方がよくイメージできる。

また、下図のようにトレーニングの流れを図を用いて解説入りで示してくれている、ここまでサービスしてくれれば読者に混乱は起こらない。下図は基本的なディアゴナーレの動きのトレーニング図解。
(位置No.725/2032から引用)

442zdt01.jpg


442zdt02.jpg

しっかりと学べばトレーニングメニューの構築も自分のものに

先にも述べた本書のトレーニング構成の基本となっているユニットの拡大や馴化という考え方は、自らトレーニングを考えるときにも非常に参考になる。身に付けさせたい基本的な動きを最小ユニットでトレーニングし、徐々に想定される周囲のポジションを加え、試合の状況に近づけてトレーニングさせていく構成は他のトレーニングでも応用できる。

本書に従ってトレーニングを構成すれば、やがて別のプレーモデルを構築しようとしたときにも理に適ったトレーニングが考案できるようになるだろう。まさにトレーニングの教科書と呼ぶにふさわしい内容である。



tags 4-4-2, ゾーンディフェンス, ディアゴナーレ, トレーニングメニュー

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プロフィール

profile_yohei22 yohei22です。背番号22番が好きです。日本代表でいえば中澤佑二から吉田麻也の系譜。僕自身も学生時代はCBでした。 サッカーやフットサルをプレーする傍ら、ゆるく現地観戦も。W杯はフランスから連続現地観戦。アーセナルファン。
サッカー書籍の紹介やコラム、海外現地観戦情報をお届けします。

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