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ボトムアップ理論はプレイヤーズ・ファーストを具現化する新しい指導の形

育成年代の指導の現場でボトムアップ理論というアプローチを用いている指導者が少しずつ増え始めていると聞く。僕が携わる大人の世界の育成にもからめて、ボトムアップ理論について整理しておきたい。

ボトムアップ理論とは何か

ボトムアップ理論とは、畑喜美夫氏が提唱した、プレイヤーが主導してチーム運営を行う指導方法である。プレイヤーは練習メニューから公式戦に出場するメンバー、戦術、選手交代などをすべて自ら決定していく。指導者は必要に応じて問題提起などを対話を通じて行いながら、プレイヤーの可能性を引き出すファシリテーターとして機能する。

ボトムアップ理論を育成の現場で活用するための体系的な教材もDVD『質を上げ生徒の考える力で勝負する!畑喜美夫・ボトムアップ理論の概要と実際[DVD番号 tv09]』として発売されている。少々値が張るが、DVDを教材として非常に分かりやすくまとまっているのでオススメである。2巻組で、1巻目が理論的背景などの紹介、2巻目が畑氏と他2名の座談会となっている。

ボトムアップ理論が注目を浴びているのは、JFAが掲げているプレイヤーズファーストや、主体性や判断力の向上がこれからの育成には欠かせないといった背景がある。

試合中に監督やコーチが「プレッシャーをかけろ!」と指示をすればそれは既にプレイヤーの判断を奪っていることとなり、結果としてプレッシャーをかけたとしてもそれが自主的な行動なのか指示を守った行動なのか区別がつかない。それでは適切に判断力が向上しない。

ジュビロ黄金期の監督であった鈴木政一氏は『育てることと勝つことと』(筆者のレビューはこちら)の中で次のように語る。

ベンチからは大声で、「サイドチェンジ!」と指示がとぶ。すると、子どもは言われた通りに蹴る。それが、たまたまつながり、ゴールに結びついた。
「ナイス、ゴール!」。子どもは、サイドのスペースを観ることもなく、相手との駆け引きもないままに、ベンチからの声を忠実に守る。そこに子どもの判断など入り込む余地はない。
この子が上の年代のクラスにいったときに、観ることも、判断することもできないような指導をしてはいけない。ではどうすればよいか。アンダー9の段階では、自分の観える範囲で、自分で判断して、一番よいと思うプレーができれば充分である。(P.126-127から引用)

主体的に動け、と指示した時点でそれはすでに主体性を奪っているという笑えない話である。ではどうやって主体性や判断力を向上させるのか。

そのためにはボトムアップ理論の理論的背景について知っておく必要がある。

先に紹介したDVDでも理論的背景について触れており、例えば「全員リーダー制」「緊張感と舞台づくりが大事」といった内容について畑氏が自ら説明してくれている。しかし、指導者が興味があるのはむしろ「全員リーダー制とはいってもうちの生徒には難しい。そういった状態にすら達していない。」といった点だろう。そういった意味でDVDで示しているのは具体的な方法や事例に近く、もっと根本的な理論については触れられていない。

そこでボトムアップ理論の理論的背景について人事的な観点から2点紹介しておく。

ポジティブ・アプローチとAI(Appreciative Inquiry)

プロジェクトを進める、人を指導する、改革に立ち向かうなど、何かを実施しようとするときにどのようにアプローチしていくか。大きく分けて、ギャップ・アプローチ(問題解決型アプローチ)とポジティブ・アプローチの2つが存在する(DVDではトップダウンとボトムアップを対比して紹介しているが、ギャップ・アプローチとポジティブ・アプローチの方が理解が進むと思う)。

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ギャップ・アプローチは、まず問題を特定してから原因分析、課題解決という一般的に社会に出るとまず教わるアプローチであり、モチベーションの拠り所はどちらかというと外発的(報酬や罰則、他者からの評価など)である。

一方でポジティブ・アプローチとは、問題の特定などはせずに、強みや可能性を信じて自分たちのビジョンを実現するためにはどうあるべきか、どうなっていくかを対話を通じて探っていく創発的なアプローチであり、モチベーションの拠り所はどちらかというと内発的(好奇心や達成感といったうちから湧き出る気持ち)である。

仕事の場面ではギャップ・アプローチが蔓延しすぎている感がある。ギャップ・アプローチで会社が成長しているうちは問題がなかったが、経済成長の停滞や会社に縛られない生き方など価値観が多様化した現代では、ギャップ・アプローチだけでは立ち行かなくなってきている。

そこでポジティブ・アプローチを活かした取り組みがここ数年活発になってきている。その一つとしてAI(Appreciative Inquiry)と呼ばれる手法がある。AIは直訳すれば「称賛された探求」という一見意味がわからないものであるが、ポジティブ・アプローチを用いた創発的な取り組みと捉えれば良い。DVDでも紹介されていたミッション・ビジョンの共有はAIを用いて共有すると有効である。

ポジティブ・アプローチやAIに関しては学術的には『ポジティブ・チェンジ〜主体性と組織力を高めるAI〜』の解説が優れているが、一般的には分かりにくい。そこで『私が会社を変えるんですか? AIの発想で企業活力を引き出したリアルストーリー』がストーリーを交えて解説してくれているので入門としてオススメである。

 

私が会社を変えるんですか? AIの発想で企業活力を引き出したリアルストーリー』からAIについて解説している箇所を引用する。

これまで会社組織は、内部に抱えている問題を摘出し、それをひとつひとつつぶしていくことで百点満点を目指そうとする「問題解決型」の手法をとってきました。
その手法は、今紹介した「真価の探求」とはまったく逆の発想です。AIは、会社の問題点はいっさい追求しません。反対に、会社の持つ「良いところ」「長所」「可能性」にスポットを当て、社員一人ひとりにそれを問いかけながら引き出します。そして引き出した答えから得た会社の強みを、さらに拡張しようとするのです。
欠点ではなく美点を、失敗体験ではなく成功体験を、過去ではなく未来の可能性を見る「AI」。そのプラスエネルギーは、従来の「問題解決型」とは比べ物にならない強さを持っています。(P.195から引用)
「組織を良くするには、欠点を探しだして残らずそれを解消することだ」という発想は一見合理的に見えますが、これは「欠点のない状態」=「百点」という枠を自ら設定し、縛りつけることにつながります。
さらに不思議なことに、この「百点」は欠点を排除しても排除しても、なかなか到達できないのが現実なのです。(P.199から引用)

お仕着せの百点では逆に社員を縛り付けることになり、モチベーションもあがらなければ組織としての持続可能性も損なわれることになる。それよりも内発的な動機づけに着目した方が複雑な環境下にある現代では効果があがる可能性がある、ということである。

学習は状況に埋め込まれている

では、ボトムアップ(ポジティブ・アプローチ)で実践することがなぜ自主性や判断力の向上につながるのだろうか。

この考え方のもとになっているのが、「状況に埋め込まれた学習」という理論である。この理論は、学びは個人の認知という閉じた世界ではなく、環境や状況における生成的なやり取りにおいて発生するという考え方である。

つまり、言って聞かせたりするような限定的で閉じた場面による指導は本来的には学びではなく、自ら考えて実践行動をする必要がある環境を用意し、その環境の中でどのようにすべきかを状況に応じて考えるような一連のプロセスこそが学びであるということである。

よって、監督やコーチの仕事はプレーを細かく指示することではなく、プレイヤーが考えて判断することが推奨されるような環境を作り出すことである。監督やコーチの顔を伺いながらプレーしているプレイヤーいるようではダメで、自ら実践し、後に監督やコーチに「どうしてあの選択をしたのか」と聞かれれば明確に理由を答えられるようなプレイヤーを輩出することがひとつの目的となる。

ボトムアップ理論の今後

ボトムアップ理論は、これらのポジティブ・アプローチやAIの考え方をサッカー育成の現場に具現化したものであるといえる。DVDの様子を確認すると本当に生徒自身で練習メニューを決めたり試合に出場するメンバーを決めたりしている。このやり方で進めていけばこれこそプレイヤーズ・ファーストを真に具現化している姿だと感じた。

提唱者である畑喜美夫氏をはじめ、ジャーナリストの小澤一郎氏や指導者の村松尚登氏らがボトムアップ理論の認知を広めているので、少しずつ世にも広がっていくことになるだろう。小澤一郎氏の著書『サッカー日本代表の育て方 子供の人生を変える新・育成論』(筆者のレビューはこちら)や、小澤一郎氏と村松尚登氏の共著『日本はバルサを超えられるか ---真のサッカー大国に向けて「育成」が果たすべき役割とは』(筆者のレビューはこちら)で「教えない指導」を紹介しているので一読しておくとポジティブ・アプローチ的な育成についての理解が深まる。

 

ただ、この手の広がりは一度は誤った捉えられ方をするのが世の常である。教えないことが良い、という表面的な部分だけが拾われて、弊害を指摘する声もやがて出てくるだろう。

もちろん、ボトムアップ理論はひとつの手法であるので万能ではない。上述したギャップ・アプローチも優れている部分は多分にあり、併用していくことが望ましい。プレイヤーの発想による帰納的なアプローチだけですべてが上手くいくことはなく、演繹性やより高い視点からの指摘が必要になることもある。その理解なしに手放しにボトムアップ理論を称賛することも危うい。ファシリテーターとしての監督やコーチはきちんとした理論的背景やアプローチに関する手法などを学んでから実践すべきであろう。

とはいえ、大局的な流れを見てボトムアップ理論がこれからの指導のあり方として間違っているとは思えないし、もっと広まってほしいとも思っている。僕もそういった流れに少しでも貢献できればと思う。




tags AI, appreciative inquiry, プレイヤーズ・ファースト, ボトムアップ理論, ポジティブ・アプローチ, 状況に埋め込まれた学習, 畑喜美夫

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プロフィール

profile_yohei22 yohei22です。背番号22番が好きです。日本代表でいえば中澤佑二から吉田麻也の系譜。僕自身も学生時代はCBでした。 サッカーやフットサルをプレーする傍ら、ゆるく現地観戦も。W杯はフランスから連続現地観戦。アーセナルファン。
サッカー書籍の紹介やコラム、海外現地観戦情報をお届けします。

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