この星は、人とボールでできている。
本書はNumberでお馴染みの写真家・近藤篤氏が、世界のあらゆる場所でフットボールのうねりに取り込まれた人々の一瞬を切り取ったオールカラーのフォトブックである。写真の雰囲気が知りたい人は、Number Webにてボールピープルが連載されているので是非。
また、あわせて短めのエッセイが数十、散りばめられている。もちろん(?)プロフットボールの試合に関するエッセイではない。日常に溶け込んだ、世界各地のボールと戯れる人々に関するエッセイである。
エッセイのタイトルが、これまた良い。例えば「オランダで仕事があるときは」「初めてスペインを訪れたのは」「平岡くんは静岡県の出身で、」というように一文目の出だしになっている。どこから読んでもいいので、気になる写真はないかなとページをめくっていると、エッセイのタイトルが目につく。すると、いつの間にか本文まで読んでしまっている。この連続性が、右脳的でフォトブックのエッセイとしてすごくうまく融合しているように思う。
グラウンドがなくても、ボールは蹴れる。義足の少年がリフティングをしている写真(P.185)の横にはこのように書いてある。
「大切なのは、ボールから目をそらさないこと」
フットボール本来の楽しさは何か。改めて読者に問いかけてくる。
きみはサッカーが好きなのか、それともサッカーが好きな自分が好きなのか?(P.215から引用)
ザッケローニの采配がどうだの、世界のサッカーの潮流がどうだの、そんなこととは次元の違うレベルで我こそはとボールを蹴ることを楽しんでいる人々が何億人と存在する。僕もどちらかというと、そういうジャッジメンタルな世界で生きているから、ハッとさせられる。文章で書いてあると、つい「判断」が入り込む余地に無意識にするすると吸い込まれていく。写真はもっと感覚的で、ジャッジではなくフィールといった感じだ。
最後のエッセイは「この本を作り始めたのは、」というタイトルで、以下のように続く。
2年半ほど前で、正直こんなに時間がかかるとは思わなかった。作りたかったのは、自分の好きな写真がふんだんに使われていて、始まりも終わりも起承転結もなく、うざいメッセージや小難しい理屈は抜きで、すべてが渾然一体となっていて、どのページからでも読み始められ、でもそう簡単には読みきれず、なんだかよくわけがわからないけど、読み終わるとなにかがわかったような気になって、そしてなによりも、今までこんなサッカーの本はなかったね、といわれるような本だった。(P.252から引用)
まさに、著者の狙い通り。本書が訴えているのは理屈じゃないから、わけがわかったというと言い過ぎなんだけれど、でもなにか大切なこと、普段置き去りにしている文脈がぼんやりとわかったような気になる。
自分が今後、フットボールとどのように付き合っていくのか。無理にではなく、日常に溶けこませるようにフットボールと戯れていく。そんなロールモデルを示されたような、意義深い一冊。
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