ペップ・バイエルンのメカニズムに識者が迫る。
2013−14シーズンに3冠を達成し、14−15シーズンにはペップ・グアルディオラを監督に迎えたバイエルン。目下のところブンデスリーガでは負けなし、チャンピオンズリーグも順当に勝ち上がり、バルサに代わって欧州最強の名をほしいままにしている。
ペップ就任当初は、バイエルンにバルサのサッカーを持ち込むことが可能なのかという意見もあったが、シーズンの折り返しを迎えた今ではバルサのサッカーどころかさらに進化した姿を見せているという意見が大勢である。
では、ペップ・バイエルンのメカニズムとはどのようなものなのか。そこに切り込んだのが本誌である。
ポイントはサイドバックの動き
本誌の中で西部謙司氏はサイドバックの動きについてこのように語っている。
左サイドバックのダビド・アラバは通常のサイドバックとは上がり方が違う。タッチライン際を上がることもあるが、もっと中央寄りの高いポジションをとることが多い。バルセロナのサイドバックは、アラバのような上がり方はしていなかった。(P.24から引用)
右サイドバックがラームのときは、アラバと同じ役割ができる。しかし、ラフィーニャのときはできない。ラフィーニャは従来と同様にタッチライン際を上がっていく。(P.26から引用)
清水英斗氏は、右サイドのラフィーニャも中に入ってきていると語る。
最も特徴的な変化が訪れたのは、サイドバックの仕事だろう。ウイングのフランク・リベリーやアリエン・ロッベン、トーマス・ミュラーらがタッチライン際にスタートポジションを取ったとき、サイドバックのラフィーニャとダビド・アラバは、彼らウイングの真後ろではなく、斜め後ろ、つまり中央寄りにポジションを取る。ボランチやインサイドハーフに近いポジショニングだ。
(中略)
つまり、中盤に人を足すためのオーガナイズは、バルセロナでは中央のセンターフォワードの縦スライド、バイエルンではサイドプレーヤーの横スライドという相違点が発生している。バルセロナのメッシが『偽の9番』ならば、バイエルンにおけるラフィーニャやアラバは『偽の2番』『偽の5番』と呼ぶことができるかもしれない。(P.44から引用)
筆者がバイエルンの試合を見た限りでは、アラバもラフィーニャも中に入ることもあれば縦に動くこともあり、使い分けているように感じた。ただ、いずれにせよこの動きはバイエルンならではのものと言える。
なぜサイドバックを中にスライドさせるのか
その回答として2つが挙げられる。
1.時間とスペースを生み出す
まず、現代サッカーにおいてはとにかく時間とスペースがない。そのために、局所的に数的優位を作り出して時間を作ったり、これまでスペースと考えられていなかったような狭いスペースすら有効に活用しようとしたりする戦術が用いられるケースが多い。
局所的な優位性をもたらすためには、全体的な均衡を意識しながらもポジションをずらしたりチェンジしたりする必要がある。しかしこのやり方は最近ではメジャーになってきており、あらかじめ対策が立てられてしまうケースが発生している。特に偽の9番は、2ライン間を狭めたりCBの動きに自由度を持たせたりすることで封じられてしまうことも目立つようになってきた(メッシの場合は、メッシだからできる個人技で蹴散らすことが可能)。
であれば、これまでどこのクラブも実施してきていないようなやり方で局所的な優位性をもたらす必要がある。そこで生まれたのが、サイドバックの斜め横方向へのスライドということである。
憎いことにバイエルンでは、この斜め横方向へのスライドをずっとやり続けるわけではなく、試合の中で縦方向へのスライドも含め使い分けている。試合の流れやコンビを組む味方選手の特長に応じてということもあるだろうが、相手に的を絞らせないためという目的も見え隠れする。
2.リベリーとロッベンに良い形でボールを渡す
バイエルンの得点源は、リベリーとロッベンである。もちろんマンジュキッチも多くの得点をあげているが、リベリーやロッベンを経由することが多い。そのため、バイエルンではいかにリベリーとロッベンに良い状態(前を向いた状態)でボールを渡すかがポイントとなる。
そのためにバイエルンでは、局所的優位性を作り出して同サイドのリベリーやロッベンにパスを出す方法と、相手を片方のサイドにおびき寄せた上で逆サイドのワイド方向に一発でサイドチェンジするボールを出す方法の2種類の方法を用いて彼らにフリーでボールを持たせている。
こうすることで、得点の機会が多く創出できることになるのである。
バイエルンの練習風景
ボールを保持することを大事にするペップのサッカーを体現するためにはどのようなトレーニングを実施すべきか。本誌には、バイエルンの練習風景を観察しレポートにまとめたイタリア人のマッシモ・ルッケージ氏(イタリアサッカー協会技術委員)へのインタビュー記事が掲載されている。
ルッケージ氏によれば、驚く事なかれ、バイエルンで行われていたトレーニングは事実上1つだけだったのである。
バルサや現在のバイエルンを知っている方々ならばともかく、そうでない一般のファンであれば半ば信じ難い話なのでしょうが、そのトレーニングは驚くほど"シンプル"です。誤解を恐れずに言えば、それこそ見ている側が拍子抜けするほどの"軽さ"です。具体的なメニューと言えば最初から最後まで"ロンドス"だけなのですから。
(中略)
当然のことながらその"ロンドス"は予め実に良く考えられたものです。より正確を期して言えば、全てのロンドスが常に実戦で起こる現象をトレーニングのピッチに落とし込んだものとなっています、そこに"ムダ"はないわけです。(P.38から引用)
ロンドスといっても、単純な5対2のようなものもあれば、7対7+2フリーマン、4対4+3フリーマンなどバラエティに富んでいる。また、ミニゲーム形式でGKをつけたトレーニングも実施しているので、実際はロンドスだけということはないだろう。しかし実に多くの時間がロンドスに割かれていることも事実である。
また、このロンドスが恐ろしいまでに高速で行われているとのこと。高いレベルのインテンシティが求められているようである。
ロンドス中心にトレーニングを組む目的としてルッケージ氏は7つ挙げている。
- ポジショニング精度、およびマークを外す動き(ズマルカメント)の向上
- トラップ技術、ボールキープ力(術)の向上
- 見方の位置を把握する能力、ボールコントロールのスキル向上(原文ママ)
- パスの精度向上
- (守備のための)ポジショニング精度
- インターセプト、および1対1のスキル
- ボールを奪ってからのプレー(切り替え)の速さ
1〜4がポゼッション時、5〜7がトランジション時をイメージしている。ペップのロンドスは実戦形式というだけあって、ゲームで起こる要素が全て組み込まれているようである。
ただし、ロンドスを真似すればバルサやバイエルンのようなポゼッションが実現できるわけではない。このロンドスの練習の前にプレーモデルを叩き込んでいるという前提あってこその、ロンドスである。そのプレーモデルについてのトレーニングは本誌に書かれていないので注意が必要だ。
監督から本音を引き出すことは難しい
その他のコンテンツとして、PSG監督のローラン・ブラン、アトレティコ・マドリー監督のディエゴ・シメオネ、ユベントス監督のアントニオ・コンテのロングインタビューも掲載されている。
編集後記に記載されているが、編集長の植田氏によれば、企画段階ではコンテとシメオネにバイエルン対策を語ってもらい、それを特集のメインディッシュにする予定だったとのこと。しかし現役監督だけになかなか不確実なことや他クラブのことには口が堅く、特集を変更する羽目になったらしい。
しかしバイエルン対策ではないものの、3氏のインタビュー自体はとても読み応えのあるものとなっている。
ちょうどシーズン半ばに差し掛かり、バイエルンについて知りたい方や、好調クラブの監督の哲学が知りたいという方に持ってこいの一冊。
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