これまで読んだ書籍の中で戦術についてもっとも詳しく解説している書籍。
本書はfootballhackというサッカーブログの管理人であるsilkyskillさんが4-4-2ゾーンディフェンスについてのセオリーをまとめたものである。個人でもKindle用に書籍を発売できる時代になったことを実感する。
まずはじめにお伝えしたいことは、本書はゾーンディフェンスの教科書といって差し支えない最高の戦術指南書だということである。481円という破格の安さでここまで精緻に、そして分かりやすくまとめあげた書籍は他には存在しない。ゾーンディフェンスの基本である4-4-2システム、各ポジションの役割と基本的な動き、スペースの守り方/使い方など、多数の図を用いて分かりやすく解説している。戦術を理解したい人、もっと知的にサッカーを観戦したい人、サッカーについて詳しくなりたい人など、ぜひとも一読をオススメしたい。
ゾーンディフェンスとは
ゾーンディフェンス、あるいはプレッシングについては、『アンチェロッティの戦術ノート』に以下のような記述がある。
プレッシングをひとことで定義するとすれば、敵からプレーするための時間とスペースを奪い取るための組織的な守備戦術、ということになる。その目的はもちろん、敵からボールを奪い返すことだ。
組織的な守備戦術であるからには、複数のプレーヤーが連動した動きを取ることが必要になる。だがその基本にあるのは、個々の選手が相手にプレッシャーをかける動きであり、それはつまるところ「マーク」そのものだ。つまり、プレッシングとは複数の選手が連動してマークの動作を行うことによって敵から時間とスペースを奪い取る戦術、と言い換えることもできる。(P.72-73から引用)
現代サッカーにおいて相手にスペースを与えることは死活問題であり、小さなスペースでさえフリーで使わせてはならない。逆に言えばスペースを有効活用することが現代サッカーにおける組織的な崩しのポイントとなる。
スペースを分割して理解する
スペースの中で最も危険なのが裏のスペースである。ここを使われたら即失点と考えて良い。
次に危険なのがDFラインとMFの間にあるバイタルエリア。ここで相手に前を向かせると失点の確率が高まる。
そしてサイドのスペース。基本的に裏もバイタルも相手に有効活用させるようなことはしないので、残ったスペースであるサイドを使おうというチームが90年代後半から増え始めた。
以下、それぞれのスペースを図示したものである。
※Kindleなので本書のNo.1909/2835(68%あたり)からキャプチャしましたがこういうのまずかったらご指摘ください。
これらのスペースは現代サッカーでは相手は容易に与えてくれない。それくらいプレッシング戦術というものが浸透してきている。
そこで次に使うスペースが相手FWとMFの間のスペースである。日本代表では遠藤、イタリア代表ではピルロ、スペイン代表ではシャビ・アロンソが使っているスペースである。ここに挙げた名手たちにこのスペースをフリーで持たれては縦パスを入れられたりして守備網を崩されるので、このような後ろのスペースでさえ放っておくことはできない。
では現代サッカーではもはやスペースは残っていないのかというとそんなことはない。バイタルのように広いスペースを探そうとするから見つからないのであり、現代ではスペースとはもっと細かな単位で考えられている。本書でも以下のように紹介されている。
しかし、こんな大雑把な認識ではバルセロナのサッカーはもとより現代サッカーの大半のチームの戦術を理解することは難しくなります。大きなスペースをさらに小さく区分して把握することで、サッカーの理解はより深まります。
■パスサッカーで崩しきるために重要なスペース
ここでスペースの見分け方を新たに提唱したいと思います。それは下の4つに分けられます。(No.1957/2835(70%あたり)から引用)
※同様にまずかったらご指摘ください。
現代サッカーで特に重要となるのが④のスペース(名前がない)である。本書でも以下のような説明がある。
どういうことかというと、DFラインの裏のスペースに対して、CBとCBの間より、CBとSBの間のスペースのほうが空きやすいことを頭に入れれば、理解は早いです。通常SHは相手のSBのオーバーラップを気にして外へ意識が向かいます。対してボランチは中央のスペースを空けまいとカバーリングをしています。この二人の意識の差がスペースとなって現れるのです。(No.1977/2835(70%あたり)から引用)
バルセロナのサッカーを見ていてイニエスタやメッシがボールをもらってターンしようとしているスペースがここである。
本書ではこの後、②や④のスペースを使ってゾーンディフェンスをいかに切り崩すかという展開になっていく。こういった引き出しを持っておくことで実際の試合を観たときに「あ、さっきのはこないだ読んだやり方だ」など、サッカーを観る眼が養われていく。何も引き出しがないと比較する対象がないのでなんとなく観るだけになってしまう。
やはり大事なシステム論
4-4-2とか4-2-3-1とか、表記そのものの論争に意味があるとは個人的には思えない。ただ、システムとは何かを達成しようとするための手段であるので、守備のスタート時にDFを4人にしているとか中盤の底に1人余らせているとか、システムの考え方には必ず理由がある。その理由が分かれば、守備網を突破するためのヒントが得られるかもしれない。
そういった理解は、試合を観る上でも、また草サッカーであろうが自分が試合をする上でも役に立つ。単純に表記の話をするのではなく、さらに深いところでサッカーを理解するために、システム論はやはり大事であると思う。本書の冒頭にも以下の記述がある。
机上の話になりますが、こういうところはやっぱり結構大事だと思うんです。「システム論なんか実際には役に立たない」とおっしゃるかたは信用できません。個人的には。(No.189/2835(7%あたり)から引用)
ただ、何の学問でも同じだが、混みいった話は簡単に書けないし簡単に理解することもできない。複雑なのである。サッカーそのものが複雑系なので仕方ないことなのだが、その複雑さが初学者を遠ざけているとすればその通りで、そこは熟達者がさらに工夫しなければならない点だと思う。それこそKindleのような電子書籍が当たり前に普及して、動画がもっと身近になっていけばそれがひとつの方法なのかもしれない。
本書に書かれている話が頭に入っていれば、巷のサッカー書籍やネット上の論評を自分の軸を持って理解することができる。その中で自分の考えに近いジャーナリストや、そうではないジャーナリストも見つかってくる。もしくは、このジャーナリストは調子の良いことを言っている、なんてことも気づき始める。その積み重ねがサッカーを斬りとる力を涵養させるということだと思う。
少々難解な部分もあるが、本書は本質的な部分からサッカーを理解するためには最適な書籍であるし、最近読んだサッカー書籍の中で最も刺激的であった。
コメントする
※ コメントは認証されるまで公開されません。ご了承くださいませ。