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[書評] 「育て」の流儀


地方大学である福岡大学を日本一に導いた名将の育成メソッド。

本書は大学サッカー界に名を馳せる福岡大学サッカー部監督の乾眞寛氏の育成のメソッドを余すところなく紹介したものである。

Jリーグ開幕から数年間は、高校を卒業したらすぐにでもJリーグに進むことが成功の条件という流れがなんとなくできあがり、大学サッカーが疎かにされた時代でもあった。しかしJリーグの成熟やブームの終焉による経営状態の悪化に伴い、高校卒業後にJリーグに進むことが必ずしも大成につながるわけではないことが徐々に浸透し始め、大学サッカーが再び注目を集め始める。

その大学サッカー界において、地位や競技力向上など多大な貢献を果たしている人物こそ、著者である乾眞寛監督である。福岡大学からの卒業生としてはロンドンオリンピックでの活躍が記憶に新しい永井謙佑をはじめ、黒部光昭、坪井慶介、田代有三など、日本代表選手やJリーガーを数多く輩出している。

なぜ地方大学である福岡大学からここまでの一流選手を排出することができたのか。その答えが、乾監督の育成である。

体験からくる育成のメソッドを多数紹介

乾監督の基本的な考え方は、「伸びる人は勝手に伸びる」である。育成の基本方針として、以下のような考え方を持っているようだ。

  • やらされている感からは成長しないので、自らやりたいと思わせるように導いていく
  • 成長のタイミングで褒めて、認めてあげる
  • 長所を伸ばすことを主眼とし、多少の短所には目をつむる
  • ミスを追求するのではなく、問いかけによって自ら考えさせる

特に強調していることが、内発的動機づけの重要性である。誰しもやらされている気持ちからは長続きしないし成長しない。自ら「成長したい」「上手くなりたい」という意識を持つことから全てが始まる。坪井慶介は乾監督が何もしなくても最初からこのような気持ちを強く持っていたというが、全ての選手が同じように向上心が強いわけではない。そこで、あくまで「やらせている」という意識を抱かないように導いていき、心に刺激を与えることが重要である。乾監督はこのように語っている。

自分の殻を破れない人や自信がなく、前にも後ろにも進めないような人に対して動き出すきっかけを与えるために、長所を褒め、認めてあげることが有効です。人が動き出そうとしたときに、最初の一歩目、タイヤで言えば「ゴロッ」と動き始めるときが一番パワーを必要とします。動き出す第一歩、タイヤが半回転でも動き出せば、あとは少しの力で押せば「スーッ」と動いていくのです。この動き出しの部分をサポートするために、指導者が心に刺激を与えていくのです。(P.200-201から引用)

書いてることは全て素晴らしいのだが・・

乾監督のひとつひとつの言葉は響くものがあるし素晴らしいことが書いてあるのだが、体系的でなく冗長な構成である点で残念である。章に分かれているが、それぞれの章で「要は何が言いたいのか」がスッと入ってこない。これは乾監督というより編集の話かもしれない。

内容が頭に入りにくい要因として、メソドロジー(方法論)とメソッド(メソッド)を混ぜて話していることがある。

乾監督は人を育てることについて方法論はないと語る。

人づくりにおいて、良い人間、優秀な人間を生み出す、作るための良い方法を伝授することはできるでしょうか。またそれを伝えるときに「このようにすれば優秀な人間が作れます」という、方法論があるでしょうか。
(中略)
人づくりは個人によってアプローチの仕方が変わってきます。その人が何を思い、どんな環境で育ってきたのか、日々変化する心を持った人間と、どのように関わっていくのかを理解しなければなりません。これは人の上に立つ人間の永遠のテーマではないでしょうか。(P.86から引用)

しかし本書内で乾監督は自らの考えをほぼ「言い切り」の形で紹介している。言い切っているということは、それが正しいと考えているということであり、正しいということはそれは方法論である。例えば次のような言及である。

「成長したい」と本人が思わなければ、いくら指導者が刺激を与えても、それは心に届くことはありません。(P.88から引用)

ここで言えば、以下のような整理をすべきである。

  • 「成長したい」と本人に思わせる →方法論
  • 「成長したい」と本人に思わせるためにどのような手段を用いるか →方法

乾監督が指摘しているのは「方法」は千差万別であるということであって、ベースとなる方法論は共通して適用できるものがあるはずである。そうであるはずなのに、言い切りで正しさを訴えかけてくる記述もあれば、次のように執拗に「一様ではない」と訴えかけてくる記述があるのでそれが体系化を阻害している。

誰か一人がある指導方法で大きく伸びたからといって、その方法が全ての選手に適用できるわけではありません。その方法が合わずに、逆効果になってしまう場面もあるのです。指導者は、選手への関わり方やアプローチ方法を変える、柔軟な対応力を身に付けるのです。(P.94から引用)

方法論を否定する育成論を僕は信じない

ある方法論で100%人が育つなんてことはない。そんなことは分かっている。しかしだからといって方法論を放棄してはならない。もっとも危ういのは、「おらが育成論」を振りまくことである。自分がこう育成したらうまくいった(と思っている)ので、このやり方を推奨する、という根拠が乏しい主張こそが危険である。

育成にも科学がある。ただしこの場合の科学は法則科学ではなく臨床科学だ。統計的に正しさが証明されていることをまずは信じるべきで、サンプル数1のもっともらしい主張はあくまで事例として参考にする程度に留めるべきである。

もちろん、目の前に育成すべき人材がいた場合、その人材にどのような方法をあてがうかは乾監督の言うとおり正面から向き合って真摯にアプローチ方法を考えるべきである。それは、メソッド(方法)の話だからである。もっと大上段に構えたメソドロジー(方法論)について、育成にあたる人はもっと考えるべきであると思う。

言葉の使い方は違うが、乾監督も当然のようにその辺りは心得ているはずである。でなければ、言い切りをここまで使うことはできないと思う。ただ、書籍の形にするからには本人が否定的である「伝授」が行われるわけなので、どこまでが共通化できる考えでどこからが具体的な方法なのかを示したほうが、誤解がなくて良いと感じた。

僕も大人の育成を仕事にしている人間であるが、書籍を読む人やセミナーを聞きに来る人は6割くらいが易きに流れるというか、簡単にできる「方法」を真似したがるというのが実感値である。「方法」を安易に伝えると、いくらこちら側が環境や状況に応じて異なると言ったところでそこは都合よく右から左に聞き流し、自分の育成現場で適用してしまう。それでうまくいけば良いが、もしかしたら逆効果の人材がいるかもしれない。育成側としてはそれが経験になるかもしれないが、逆効果であった一人の人材にとってその事実は受け入れられるのだろうか。いやむしろ逆効果だと本人が気づけば学びになるが、それに気づかない可能性のほうが高い。

育成を生業にするということは、そういった責任を持つということであると僕は考えている。もちろん万人に最高の育成を、などという美辞麗句を並べるつもりはない。大事なことは、確率を高めるための努力で、そこに方法論というものが少なからず役に立つということである。

最後に瑣末なことだが、字間調整は・・?

本書はかなり字が小さくてしかも300ページ以上ある大作である。それは良いのだが、どうも僕には字間の調整が適切であるように思えず、読んでいて目が疲れてしまった。字が詰まりすぎというか。スタジオタッククリエイティブという出版社なのだが、改善できないだろうか。




tags 乾眞寛, 永井謙佑, 福岡大学, 育ての流儀

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プロフィール

profile_yohei22 yohei22です。背番号22番が好きです。日本代表でいえば中澤佑二から吉田麻也の系譜。僕自身も学生時代はCBでした。 サッカーやフットサルをプレーする傍ら、ゆるく現地観戦も。W杯はフランスから連続現地観戦。アーセナルファン。
サッカー書籍の紹介やコラム、海外現地観戦情報をお届けします。

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