サッカーとサイエンスの切っても切り離せない関係。
本書は、1950年代からの豊富なデータをもとにしたボール奪取やパス成功率などの分析や、フリーキックやPKなどの科学的観点からサッカーを研究した野心的な書籍である。イギリス人のケン・ブレイ氏による著書であり、原著も邦訳も2006年に出版されている。
科学の進歩は日進月歩であり、現代では試合におけるポゼッションや選手の走行距離、ボール奪取の位置やパス成功率などがすぐに明らかになるが、ひと昔前まではそれらのデータを取得することすら困難であった。科学を認めまいとする世論も強かったが、科学者たちの粘り強い研究結果によって少しずつサッカーとサイエンスの関係が重要視され始め、1987年からは4年に1回サッカーとサイエンスの世界会議も開かれている。
サッカーと科学の関係を歴史とともに理解し、現代の潮流を把握するためには最適の一冊である。
トランジションと得点の関係
まず興味深いのは、1988年にリチャード・ベイトが発表したボール奪取エリアと奪取から生まれたゴールの割合の関係である。
(P.69から引用)
この表によると、ポジティブ・トランジションに転じるのはディフェンシブサードからミドルサードまでで87%を占めているが、そこから生まれた得点は全体のわずか34%であるという事実である。いかにアタッキングサードでボールを奪取することが重要であるかを示している。
また、別のデータでさらに古くなるが、1953年から1967年のイングランド・リーグ1部の試合とワールドカップ2大会を含む578試合を分析したチャールズ・リープとバーナード・ベンジャミンによると、次のことが分かっている。
- 連続して成功したパスの本数とパス全体に占める割合を集計すると、たった4本のパスがつながったプレーでも全体の5%にすぎず、6本以上となると全体の1%前後にすぎない。90%以上はパス3本以下で構成されている。
- ゴールの約80%が3本以下のパスから生まれている。
こうしたデータがイングランドの伝統的な戦術に影響を与えたと言われており、それはすなわちロングボールとダイレクトプレーである。その名残は今も残っており、プレミアリーグやイングランド代表のサッカーは縦に早く、ボール奪取から数プレー以内に得点することが義務であるかのように展開しているように見える。
現代サッカーを世界的に見れば4本以上のパスをつなぐこと自体は造作も無いことである。しかし現代サッカーの守備ブロックは強固であり、いったんブロックを築かれると遅攻により崩すことは困難である。ショートカウンターと呼ばれるプレーが最も多くの得点機を生み出していることは現代も変わらず、それが半世紀ほど前から変わっていないことは興味深い。
その他、1976年に発表されているトマス・ライリーとヴォーン・トマスによる選手の走行距離のデータを見ると、現代サッカーがいかに運動量が多くなっているかも分かる。当時はMFであっても1試合で平均10キロ未満であり、それ以外のポジションの選手は8キロ程度であったようである。
こういった要素還元主義的な分析はニューサイエンスの立場からは否定されるかもしれないが、この時代はサイエンスすら確立されていなかったので、サッカーの発展にこれらの分析が寄与したことは間違いない事実である。
PKの研究の記述も奥深い
著者のケン・ブレイ氏は得点の多くがセットプレーから生まれていることを把握しており、どうしたらセットプレーから多くの得点を生み出すことができるかも研究を続けた。その関連でPKに関する研究もあり、PKでは「セーブ不能ゾーン」がゴールの広さの28%あり、そこにいかに正確に蹴りこむことが大事であるかをデータとともに示している。
イングランドは伝統的にPK戦に弱く、ユーロ2004の準々決勝でイングランドがポルトガルにPK戦で敗退したときのデータを先のセーブ不能ゾーンと照らしあわせた結果はまさにイングランドがPK戦で勝てない理由をデータで示したものとなっている。
両国ともに7人がPKを蹴り、ポルトガルは6本の成功のうち5本をセーブ不能ゾーンに蹴りこんでいる。一方でイングランドは5本の成功のうちセーブ不能ゾーンに蹴りこんだのはハーグリーブスの1本だけだったのである。残りの4本の成功はいわば一か八かで成功したものであり、長期的に見ればこれではPK戦で勝てないのは道理である。
心理的な研究はこれから
ケン・ブレイ氏は心理学的側面についても研究をしている。ただしこの分野は現代においても試合中の心理状態を正確に把握することが難しい。それは氏も認めているし、この分野は全ての学問の中でも科学の進展が遅れている。
スポーツ心理学は経験科学であり、おそらくサッカーのパフォーマンス向上に応用される学問のなかで最も経験に基づく部分が大きい。(P.156から引用)
性格心理学のビッグ5などの研究とも絡めている記述もあるので今後に期待したい。今では想像もできないが、今後のイノベーションで試合中の心理状態を数値化できるような測定も可能になるかもしれない。
いくつかの未来予想
ケン・ブレイ氏は、進化の著しいサッカーにおいて本書の最後にいくつか未来予想をしている。特に憂慮しているのがゴール判定などに関するテクノロジー分野についてである。これは現代でも論争は続いているが、FIFAの動向を見ているといくつかの重要な大会では今後実装されることになるそうだ。
また、男女混合サッカーの実現を予想しているが、これは今のところ実現の可能性は低そうだ。むしろ、女子サッカーとしてのコンテンツ化が進む方向に進んでいる。
そして複雑化するオフサイドルールの撤廃を希望しているが、むしろ現代ではさらにルールが複雑化している。今後は分からないが、オフサイドがなくなるということは今のところなさそうである。
いずれにせよ、サッカーサイエンスの重要性が高まっていることは間違いない。本書が発行された2006年から8年経ち、現代のサッカーサイエンスの潮流はどのようなものになっているのか、ケン・ブレイ氏にもう一度まとめてほしい。
tags ケン・ブレイ, サッカーサイエンス, セーブ不能ゾーン, ビューティフル・ゲーム, ボール奪取
コメントする
※ コメントは認証されるまで公開されません。ご了承くださいませ。